育児日記

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第10回 モーゼの出産

生きるってすごいなあ……と思うのだ。
のっけから「生きる」っていうのは少々飛ばしすぎなんじゃないかと思われるが、
生きるということは、食べるということである。
出産日当日はそのことを痛感してしまった。

陣痛が来てる。
ただそれだけで、我々妊婦はいっときしかない極彩色の一日を味わうのである。
産院から家まで約十キロを歩くことに決めた私は
まず第一にイトーヨーカドーへと向かった。
なぜイトーヨーカドーなのかというと、地下にタイヤキ軍団があるからである。
十キロ歩くために「タイヤキ軍団」で黒あんのタイヤキを二個購入すると、
おつりをもらっている間に既に「ちょっとお腹が痛い」くらいの陣痛が来ており、
身体の異変を察知してかエスカレーターを上がる私の気分はもう既に、
「モーゼ」の域だった…。
ヨーカドー店内の人々が私のためにザザーッと道を空けるように見えたのだ。
まるで海が割れるみたいだった。

モーゼはATMへ立ち寄ると、預金残高を確認し、
歩きながらタイヤキ二個を水なしで食べた。
途中、のどが苦しくなり「ゴフ」とか言うと、コンビニでお茶を購入。
店内を物色しながら「ヒッヒッフー!」と。息づかいが既にラマーズ法である。
ハタから見たら腹のでっかい妊婦が鬼気迫る感じでレジのお会計を求めている。ちょっとシュールだ。

コンビニを出て歩き続けると、約五キロの地点で知り合いに目撃され、
「出産日の当日に十キロ近くの道のりを歩くY氏を発見」と人に報告されていた。
弘前から尾上町へと繋ぐ長い長い橋を渡ると既に陣痛は十五分間隔で来ており、
橋の上ではアスファルト工事がされていた。
その、全てが今鮮明に思い出せるのだ。

橋を越えて定食の店「おわん」の前を通ると、
貼られていた「玄米ごはん」の張り紙に惹(ひ)かれて
そのままフラフラと店内へ入り、……定食を注文してしまう…。
陣痛の間は食べてるものが一期一会の感覚で身体に染み渡ってくる。
玄米、超うまい……。

どうにかこうにか自宅までたどり着くと、
十五分間隔から十分間隔に痛さの間隔が狭まってきていた。
この陣痛の間隔が五分間隔になるころ、
タイヤキを購入してからから既に六時間が経過していた。

「陣痛が来てるんで……病院行ってくるッス」。
家族にそう告げ、夫に付き添われて病院へと向かった。
五分間隔の陣痛はこれから更に、唸(うな)るほど痛くなってくるのである。
であるのにも関わらず、夫と共にコンビニに寄った。
長丁場に向けて弁当を買うためである。
これから陣痛は叫ぶほど痛くなってくる。
腹の中では祭りが始まってるみたいだ。ズンドコズンドコ。
痛さを我慢しながらどのお弁当にしようか迷ってる夫を見て、
どこまでも余裕をこいてた私も突然、気がふれた。
「よ、嫁が陣痛で苦しんでるというのに、弁当くらいさっさと決めらんないの!」。
驚いたケンさんは「ごめんなさい…」と謝りつつも、
普段食べることがないコンビニ弁当の魅力に惑わされてか、目が弁当になっていた。

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