育児日記

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第2回 夏バテではない

昨年の夏は、猛暑だった……。
猛暑でもう、しょーがないでしょー、なんてダジャレが浮かぶくらいに、
私の脳は暑さで完全にイカレていた……。
あまりの暑さに具合が悪く、仕事ができんのだ。
ここまで具合が悪いなんてことが今まで一度もなかった私は、
「きっと家にクーラーがないのが悪いのだ」と思い、
大型レストランチェーン店に逃げ込み、
店員さんの目を盗みながら原稿を書いた。

ファミレスではなぜか筆が進むのである。
いつ追い出されるのかわからない焦りが私に原稿を書かせるのだ。
家にいて十時間かけて何も浮かばないものが、
ファミレスならうまくいけば二時間で原稿ができあがる。
なんつーか、後ろから包丁持った男が走ってきて初めて、全速力で走れるような。
そんなせっぱ詰まった状況でなければ、仕事ははかどらんのだった。

それにしても暑い。暑い上に食欲がない。これは一体どういうことなんだ?

その年、「サンマとブラジル」というテーマで本を出版する予定だった私は、
夏中に二百枚の原稿を書き上げないと、
サンマの美味(おい)しい季節に本が出版できないと編集者に脅されていた。
「サンマの季節に出したいですよね?」
「そりゃ、もちろん……。」
そうなると二カ月間で二百枚書かねばならぬ計算だ。
脅しに乗った私はファミレスで一日の労力をすべて使い切り、
原稿を書くとフラフラになって家路についた。

帰ってからはもう、何をするにも気力が足りないというあんばいだった。
料理をするにも匂(にお)いが気になる。夏バテなんて初めてだ……。
そう思った瞬間に、何かがわかった。

「つーか、私が夏バテなんて、するわけないじゃん!」

なぜか強力に悟った私は走って家に帰ると、夫のケンさんに告げた。
「夏バテだと思っていたけど、これは絶対に妊娠だと思う!
そうでなければ暑くて具合が悪いなんてこと、起こるはずがないよ!」。
夫は「そうか」というと、
「わーはもう、暑くて死ぬびょん…。クーラー買って」と呟(つぶや)いた。
「ケンさん、具合が悪いのはただのつわりだよ!」。
そんなバカな。
しかし、クーラーを買う人間が増えれば地球上の二酸化炭素量は増える。
そうすると二酸化炭素の温室効果で気温が上がり、またクーラーを付けて、
また気温が…という悪循環が生じる。
 
京都議定書が調印されて、日本は二酸化炭素の量を6%減らすと約束したのに、
ここ八年で議定書を守るために減らさなきゃいけない量は、
14%に昇ってしまった。つーか、逆に増えてんじゃん!

翌日、朝一番に病院に駆け込むと、私の予感は的中していた。
私は驚くほど早く、妊娠二カ月に入るか入らないかという時期に
体の異変を察知したのだ。
こうして山田家では酷暑にあたった二〇〇四年夏も、
クーラーを買わずに済んだのである。

これを編集さんに報告すると、
「そうですか、おめでとうございます! 〆切がんばって下さいね!」
という返事が返って来た。
妊娠とつわりを理由に、〆切が延びることはないのだった…。

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