育児日記

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第60回 えっおー。

子供が最近カッコーの鳴き真ま似ねをして、
「えっおーえっおー」って言ってるのがすごいかわいいのですが。
三歳以前の記憶ってどうしてこう、憶おぼえてないんだろうかと。
不思議に思うのです。

三島由紀夫だけは赤ちゃんの時に産湯に浸かっている時に見た、
「金のたらいの縁が光った」記憶があると言いますが。
(三島由紀夫『仮面の告白』より)
うちのダンナのケンさんに言わせると、三歳以前の記憶は頭をゴン!って
「打った衝撃で」忘れてしまってるらしいのですよ。(そんなバカな…)
ということは。三島は三歳までの間に、
「一度も頭を打たなかった」ということなのでしょうか…? 
さすが、三島。生半可な赤ちゃんではありませんね。

師匠が転んで頭を「ゴン!」って打つたびに、
「今ので今日までの記憶飛んだ」とケンさんは言うのですが。
一歳と二カ月で「ンマンマ」(ごはん)とか、
「バーバイ」(バイバイ)「じ、じ」(ジッチャ)、
わんわん(犬)とか言ってる師匠を見ると、
そうとう、世界を把握してるなあって思います。

そんで表に出ると鳥が飛んでて、一歳のこどもが空を指さして。
「えっおー。えっおー」。二人揃そろって「えっおー。えっおー」言ってると、
本当にこの世は喜びで溢あふれているなあって思う。

せかいを感じる言葉が、「えっおー。えっおー」みたいなものだけだったら、相当。
見えてる世界は平面ではなく、どこまでも飛び、
飛び立ったまま、返ってこなくてもいい。
ずっと子供とおしゃべりしていたい。

田口ランディさんの新作。『被爆のマリア』(文藝春秋)が面白いのは、
やっぱり、言葉を超えようとしているところだと思う。
「ダメです、そんなことしちゃダメでしゅ。やめて、お願い」
「ダメなんでしゅ。ダメなんでしゅ」
「父なんでしゅ……。この人、あたしの父なんでしゅ」
本屋さんで本を開けたら、ここの文章が一番最初に目に入ってきて、ぞわっとした。
ここの文章だけでも「ぞわっ」として、買いたくなった。
何よりももう、タイトルでノックアウトされている。『被爆のマリア』
これ以上に言うこともない。
見えてる世界は平面ではなく、どこまでも飛び、
飛び立ったまま、返ってこなくてもいい。
三歳以前に感じている世界は、そんな感じなのかもしれない。
こどもと一緒にいると、ときおり世界がそんな風に。
大きな森にみえる。

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