[うちのバッチャ] 08. マツヤさん現る

 
08. マツヤさん現る
 
ご近所のおばあちゃん、マツヤさんが来て言いました。
 「オラとこの(うちの家の)孫が友達連れてきたんだばって、その友達ってのがズボン、がふらがふらってして(ブカブカしてて)パンツ見えてまってらのよ。それで、わ(私)、ズボンさ手ぇ入れて、ぐんずと上げてやったでばな? したら孫、怒ってまってよ」
朝の6時頃にマツヤさんが来て言いました。バッチャ達の夏の朝は4時半に始まりますので、朝6時だとだいたい、平日の8時ぐらいの感覚になります。話を聞いていた私は、マツヤさんがその孫の友達のズボンに手を入れてズボンを持ち上げるところを想像しながら言いました。
「ズボンに手、入れてやったんですか?」
すると、間髪入れずにバッチャが言いました。
「若けえ者(若い者)のすることだものなあ~」
マツヤさんが続けて言います。
「それで次の日になったっきゃ、今度は袖、片っぽしかねえシャツ着ててよ! 片っぽさ袖あるのに、片っぽさ袖ねえんだ? 一体、どったら(どんな)格好しちゅうもんだば!」
それは……ひょっとすると、ワンショルダーというモノかもしれません……。
ワンショルダーのタンクトップにブカブカのズボンということは、ルーズデニムでパンツをわざと見せるタイプのファッション……だとすると、マツヤさんの孫の友達は、男? 
 バッチャが言います。
「若けえ者のすることだものなあ~」
バッチャ達は今、なぜ袖が片一方なくなってしまっているのかという疑問に頭をひねり、考えを巡らせ、丸一日そのことで会話をしていたりします。いつの時代でも「若い者のファッション」は、謎に満ちているのです。
 
バッチャ達のファッションにはあまり、謎がありません。バッチャがズボンをはいているのは動きやすいからであり、バッチャがその名の通りババシャツを着ているのは体温調節のためであります。
歩きやすい靴、日差しから身を守るほっかむり、そしてリュックサック。あるいは肩下げ鞄……。
一人の女性が、少女から大人になり、中年になって、お年寄りの境地に至るまで。ファッションはいかに変化していくのでしょうか。私は今、36歳という半端な年齢のせいか、ファッションも非常に中途半端です。
ワンショルダーはもう着れないし、さりとてバッチャ達の境地にはまだ行けず。いつも来客が来ると困るようなどうでもいい格好でウロウロしております。同じようなズボンと長袖シャツ姿でも、バッチャ達の迷いなきファッションには何故か、迫力があります。
そりゃ、80年近く服を着ているのだから、流石にもう迷うことはないのでしょう。農作業姿のバッチャ達に至っては、美しいぐらいです。
 
機能性というものを考えてしまうと、確かにワンショルダーは謎に満ちた衣服です。片っ方の袖がないわけですから。
「片袖がない分、涼しいんです」とも言えそうですが、だったら両方なくてもいいわけで。そもそも袖と言っても紐程度のものですし。
それを言ったらお尻の限界まで下げて歩くあのズボンも謎に満ちていますし、ハイヒールだって歩きずらいので、「何に効く靴なのだろう?」と、考えてしまいます。
しかし、ここまでマイナスの要素を背負いながらも「着る」ということは、身にまとうことが人に与える力というものは、相当大きいものなのでしょう。
マイナスをプラスに変えるほどの力を、その衣服が持っているのだとしたら。ワンショルダーを着たことによって何か、とてつもない力が得られるのだとしたら。着てみる価値はある気がするのです。
ひょっとしたら、ワンショルダーを着た途端に良い文章が書けるようになるかもしれないし。
 
とりあえず、ファッションには気をつけなければなりません。一体、何に気をつけるのかというと、あのマツヤさんにです。うっかりパンツの見えるズボンなんかはいて歩くとズボンにぐんずと手を入れられるので、「がふらがふらとしたズボン」だけは彼女の前ではかないよう注意しましょう!
 
 
 

青森県の最強バッチャが繰り広げる、愉快で楽しい村のお年寄り情報満載エッセイ集!   

これを読んだら即・元気!!

『うちのバッチャ』
 
山田スイッチ 著
山田スイッチ社 刊
¥1,000
 
お買い求めはこちらから!