なぜにんげんは動物のようになれないのか。

最近、目指しているものが明らかに

人間と逆の方向だなあと感じていて

これを文章にして書くことは滅多にないのだけど、

例えば、友達と会った時に

「生まれ変わったら何になりたい?」という会話が出ると、私の友達は

「生まれ変わったらバッタになりてえ~。」というような人ばかりなのだ。

バッタとか、ナマコとか、深海魚とか。「土」なんていう強者もいた。

もう、人間に生まれるのは嫌だというか、人間がいやなのだ。

他の動物は文句もなく服も着ずに暮らしているというのに、

人間だけは着る物に振り回されるし、

一生で出すゴミの量は山のようだし、死んでも土に還れずに骨壺の中に閉じ込められたりって

けっこうやなことばっかりなのだ。

バクテリアのようにつましく生きたい。

人間である限り、やっぱり暖かい方がいいから暖房も焚いちゃうし

自然にしてたら強欲になってしまう。それで長生きしてアンチエイジングしてみせて。

早く死んだらアンチエイジングの必要がないのに

何十年と生きて年に逆らって若くみせるって、なんて、

面倒なのだと思う。なんで人間に生まれさせられて、

それを考えさせられているのかと不思議に思う。こういう業なんだろうか。

せめて、老いだけは素直に認めたい。

人間は、道具を発見した辺りから明らかに動物とは分かれてしまったのだ。

火を用いて土器を作ったら最後、行き着くところまで行き着いてしまう。

科学の力で、資源を溶かして元に戻す方向にこれから向かっていけばいいなと思う。

多くのバクテリアに助けてもらって、

あらゆるものが土に還る世界になればいいなと思う。

そして私の体もバクテリアに分解されて、私は土に戻り、多くのバクテリアとバクテリアの糞で構成される日が

やってきたらいいなと思う。生きているということは不思議なことだ

結局、生きている間に色々考えさせられる

というのは  

私たちの知らない何者かの仕業なのかも知れない。