山本弘さんの「アイの物語」は、アンドロイドが人間に物語る形で
展開されていくストーリーです。
近未来。人間が描いたフィクションの物語を、アンドロイドが
ヒトとマシンの真実の歴史を知らない主人公に、「決して真実の歴史を語らない」として
フィクションのみを選んで、話して聴かせる……というお話です。
その、アンドロイドが語るフィクションに、
なぜか人が到達できないものを感じてしまいます。
もちろん、それを書いているのは物語の中の
西暦2000年代の作家であり、
もっと言えば作者の山本弘さんなのですが。
いつの間にか物語の中の物語に、入り込んでしまいます。
その中でも、「詩音が来た日」という、介護用のアンドロイドの物語が心に残りました。
どうして、人間は間違ってしまうのか。
私はどうしてこんな間違いを平気でおかす人間なんだろう……と思っていた矢先に、
明白な答えを突きつけられたような気分です。
介護の現場で様々な経験を得たアンドロイドの詩音が
看護師の神原さんに語るシーンがすごかったです、
「アイの物語」 山本弘 著 角川書店 286ページより
「私がこんな考えを抱いていることが知れ渡ったら、人々に強い反感が芽生えるでしょう。
それはプロジェクトの停止、すなわち私の死につながります。ですから知られてはいけないのです。」
私は嫌な予感がした。
「私に知られるのはいいわけ?」
「あなたは秘密を守ってくれるはずです」
「どうしてそう思うの?」
「あなたは友達ですから」
(中略)
「いいわ。約束する。絶対、誰にも喋らない」
「では言います。間違いがあったら指摘してください。」
彼女は一拍置いて、その衝撃的な言葉を口にした。
「すべてのヒトは認知症なのです」
「……………」
「神原さん?」
「いや、ごめん。それ、どういう意味かわからない」
「文字通りの意味です。あなたたちは認知症のヒトとそうでないヒトがいると思っていますが、
それは間違いです。すべてのヒトは認知症で、症状に程度の差があるだけなのです。
認知症のヒトの多くは、自分が認知症であるという認識を持たないものですから」
「……どこからそんなこと思いついたの?」
「論理的帰結です。ヒトは正しく思考することができません。自分が何をしているのか、
何をすべきなのかを、すぐに見失います。事実に反することを事実と思いこみます。
他人から間違いを指摘されると攻撃的になります。しばしば被害妄想にも陥ります。
これらはすべて認知症の症状です」
(中略)
「以前読んだ本に、紀元前三〇年頃のパレスチナにいたヒレルというラビの言葉が載っていました。
ある時、異邦人がやって来て、『私が片足で立っている間に律法のすべてを教えて下さい』と頼みました。
ヒレルはこう答えました。
『自分がして欲しくないことを隣人にしてはならない。これが律法のすべてであり、他は注釈である』
ーーこれは単純明快で、論理的であり、なおかつ倫理も満足しています。ヒトは二〇〇〇年以上も前に
正しい答えを思いついていたのです。すべてのヒトがこの原則に従っていれば、争いの多くは起こらなかったでしょう。
実際には、ほとんどのヒトはヒレルの言葉を正しく理解しませんでした。『隣人』という単語を
『自分の仲間』と解釈し、仲間でない物は攻撃してもいいと考えたのです。
争いよりも共存の方が望ましいことは明白なのに、争いを選択するのです。ヒトは論理や倫理を理解する能力に欠けています。これが、私がすべてのヒトは認知症であると考える根拠です。」間違っているなら指摘してください」
この物語のつづきは、
本で読んでみてください。
アンドロイドが主人公であるのに、とても熱く、純粋に人間の未来を良い方向にもっていきたいという
アンドロイド達の思いは切なく、物語全体で人間というものを
それこそ、浮き彫りにしていきます。
ほぼ同時期に「嫌われ松子の一生」をDVDで見たのですが、
なぜか、あまりにも人間らしい松子の一生は、
論理的にも倫理的にも理にかなっていないように見えながら、
切ない存在として、深く胸に残るのでした……。
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