ゴールを設定しない生き方

だいたい、夜中にまじめなことをブログに書いちゃう時は酔っ払ってる証拠なんだよね。

(^_^;) 酔っ払って思考がうまくまとまらなくなって、まとめるために書くんだけど、

昨日考えていたのは、私ってしょっちゅう「これができたら死んでもいい!」っていうことを考えているなあってことでした。



……庭に竪穴式住居を建てるとか、田口ランディさんとイベントをやるとか、

奈良美智さんに本の表紙を描いてもらうとか、松尾スズキさんに帯文書いてもらうとか、

近年において最大だったのが、「ストーンサークルを建てられるなら死んでもいい!」



だったんだけど、その願いが叶った後も、人生が続いていて

ゴールがないんだなあって、

思ったんですね。



直径50メートルで石を7700個使ったストーンサークルが建ったら、

後は他にやることがないと思ったんだけど、それも私の友人である杉原信幸さんと山形淑華さん、

外ヶ浜町の協力のおかげで出てしまったし。

それが叶った後もまだ、その後もどんどんやりたいことが出てきて、

自分ってどんなに欲張りなんだ……と思うと共に、やっぱり叶うか叶わないかっていう時に、

ぬほど身もだえるんだよなあって、思ったんです。

今から7年くらい前に、森のイスキアで、田口ランディさんと佐藤初女さんに、

私の友達である舞踏家の雪雄子さんの踊りを見せたい……と思った時は、

あのときの取り越し苦労は最大のものだったんだけど、(まだ若かったし)。

心臓がつぶれそうなほど大変なことだったんだけど、本当に叶えたいって思った時には、

ちゃんと叶っちゃうんだよね。

願いごとは粛々と作業すれば可か不可かの天秤に載せることができるのですが、

身もだえるのに時間がかかるんです。

だけどそれは、ゴールを設定しているからなんだよね。
ゴールを設定せずに生きたら、身もだえる苦労から解放されるんだと思う。

ただ、毎日を感じながら生きることがゴールを抜けることなんだって思う。

「なんとなくで過ごすこと。」これは、案外と難しいのです。

ゴールの後にもずっと人生って続いているし、

もしかしたら死んだ後にも何かが続いているのだとしたら、死ですらそれは、ゴールではない。

ということを、昨日はまた金子みすゞの人生を思いながらブログに書いていたんだけど、

やっぱり酔っ払っているからなんか格好付けちゃってて全然ヘタになってたっす。

 

ダメだコリャ!

 

返信数:2

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  1. 久作 より:

    詩の世界は奥が深いです。

  2. yamadaswitch より:

    私の一番すきな詩は、金子みすゞさんの「蜂と神さま」です。(^-^)p
    詩の世界は本当に、奥が深いですね。世界をぐるっと回っているようです。

    蜂と神さま

    蜂はお花のなかに、
    お花はお庭のなかに、
    お庭は土塀のなかに、
    土塀は町の中に、
    町は日本の中に
    日本は世界の中に
    世界は神さまの中に。

    そうして、そうして、神さまは、
    小ちゃな蜂の中に。

    金子 みすゞ