スイッチの奇妙な冒険 最終章

連載を長く続けすぎて、生活の生命線である新聞連載を「3月いっぱいで終了」と

突きつけられた私。

 

「もうしょうがない。最後まで、取れるだけ笑い取って、

終わらせよう!」

 

そう思ってた矢先にあの、

3・11の大地震が起こったんです。

 

東北地方は本当に、揺れに揺れました。

 

地震の直後、テレビは点かず、何が起こったかわかりませんでしたが、

大規模な停電が起こり、出先から家まで信号機が停電し、

無音の世界をぬるぅっとしながら、

恐る恐る信号機のない片側2車線の交差点を渡り家路を急ぎました。

 

ラジオからは、「津波が来ます! 沿岸部の人は逃げてください!」

 

普段聞くことのないラジオキャスターの鬼気迫る声が聞こえます。

 

八戸市の港湾では、この津波で工場がいくつも流され、

潮びたしになり、操業を停止させられました。

 

この時新聞社では、抜本的な紙面改革どころか、

 

笑える連載がほとんどなくなる

という事態が起こっていたのです。

そう、あの時新聞社は津波発生による被害者を思って、

 

本当に自粛による自粛を極めたのです。

 

閉塞的な雰囲気は1ヶ月以上も続きましたが、

 

何故か私の連載は普通に掲載されていきました。

 

何故かと言うと、友達に被災地支援に行く人がたくさんいて、

彼らを取材して記事を書いたり、八戸市に入って自分の目線で

エッセイを書くということができたからなんですNE。

 

あの時は本当に、

道路に船が横倒しになって、信号が潮で錆び、

 

飲み屋街では「米が手に入らない。

自粛してるから誰も飲みに来ない」と女将さんが嘆いていたのでした。

 

そして、地震発生から3ヶ月後……何故か、

連載を誰にも文句も言われずに、書き続けていたのです。

地震のショックでこの連載が終わるということをみんなが忘れてしまったのか、

誰も、何事もなかったかのように連載が続いてしまったのです。

 

その後、3年も。

 

とうとう、今年で連載300回を超えて、

8年におよぶ長寿連載となってしまいました……。

6月で契約が更新されるので、もう1年いけるようです。

 

9・11のテロ事件とともにデビューし、3・11の大地震で

 

連載という生命線を繋ぎ留めた私……。

 

 

これ以上、何の事件も起こりませんように!!

 

追伸

 

この記事をSNSに載せた時、福島に住む方に、

あの頃は当事者として

「日常を続けるのは意外と難しい」


と思ってました。


だから続いたのは必然だったのですよ、きっと。」

 

と優しいお声をかけて頂きました。(> <)  

ここ十年以上、色々あったけどやっぱり、人に支えられて生きてるんだなあ……って感じます。

本当に、心から、感謝を込めて。

 

山田スイッチ