愛の言霊。

実を言うと私は、
田口ランディさんの追っかけをやって10年経つという
10年選手なのですが。(笑)
 
自分が、コラムニストとしてデビューする以前、
お笑いをやりながらアルバイトで昼は原稿配達、夜は漫画喫茶の受付・清掃、
それ以前はカラオケスナックのホステス嬢をやっていた頃
ランディさんの本に出会っているんです。
 
私は大学を卒業してから板前→タレント志望→お笑い芸人志望と、
ヘンテコな道を歩んでいたのでその頃、
全然本を読んでいないということに気付かない毎日でした。
ところが、書店で「田口ランディ」という名前を目にした時、
得も言われぬ重力が働いて、数年ぶりに本屋で本を手に取ったんですね。
 
それで、読んだら言葉がズドンズドンと頭に入ってきて、
びっくりしました。
それまで、私にとって読書というのは、全然頭に入ってこない言葉だったんです。
 
その頃の私は、25~26歳だったので、とにかく何かに焦っていました。
追われるように生きていた気がする。
焦って脳だけ先走るので、現実がすり抜けていく感じです。
それで、びっくりしたのは、私はランディさんの「恋のゾンビ」という
エッセイを読んで、それだけで人生がひっくり返ったことなんです。
 
 
「したいしたいって言ってる人は、死体なの。生きていないの。
物事はしたがってはダメなの。死体になる前に生きるの。実行するの。動くの。
ああしたい、こうしたい、って言っている限り、自分は死体、ゾンビなんだよ」 
 
 死体が多い。ものすごく多い。街を歩いていても死体ばかり目につく。おぞましい。
 ああ死体、こう死体。なぜ死体になってしまうんだろう。思い立ったら行動すればいいのだ。
 
 どんな小さい事でもいいから、願ったことにむけて一歩を踏み出せば、
人生はそのように変わっていく。
 
 やりたいことを実行する人はいつもそのような小さな選択を繰り返している。
 したい……と言い続けているだけではなにも起こらない。
 死体になってしまったとたん、「しない」ことを選択しているわけだから。
 
 (「馬鹿な男ほど愛おしい」田口ランディ 晶文社より)
 
 この後ランディさんは、「自分は十年死体だった」とエッセイの中で語っています。
 
それで、これを読んだ時に私の中で、劇的な変化が訪れたんです。
 
それは、「他人の評価はいらない」という啓示でした。
 
 それまで、自分の上空50メートルくらいの場所に私を評価している場所があり、
 
私の判断は常にそこにお伺いを立てるような、
 
「うまくいっていますか? 失敗してないですか? っていうか私、失敗してますよね?」
 
みたいに、自分の心が自分にくっついていない気がしていたんです。
 
 迷いがザザーッと去っていくのを感じました。
 
 私はお笑い芸人志望だったので、それまでもネタを書いてネタをやっていたのですが、
「なる」ことばかりに囚われて、「やる」ことが降りて来なかった。
だけど、このエッセイを読んだら「やる」が降りてきたんです。
もう、そこにはやることが明確な場を持っていて、私をバシッと捕まえにきたのです。
 
 ランディさんの追っかけをやって10年。
 
 最初は、0歳児の赤ちゃんを抱えて青森から、講演を聞きに行っていました。
 
 恐らく、今思えば私は育児で疲弊していて、ランディさんに会うことで
 
相当なエネルギーを補給していたんだと思います。
 
育児に疲弊する時も、私の中では「自分を生きられない」という思いがいっぱいになって、
暗黒の雲に捕まりそうだったのですが、
ほんの2日間、子どもをおばあちゃんに預けて上京するだけで、
自分は元の場に戻ってこれたのです。
 
 「大丈夫。スイッチさんは、大丈夫!」
 会う度にランディさんは、そう言ってくれます。
 
 10年が経って、不思議に思うのは。10年、ランディさんのお話を聴き続けた私は、
「救われたい」という気持ちがようやく去って、「今現在、救われている」と感じる日が、
 徐々に増えてきている……ということです。
 
 何があっても、大丈夫。
 
 言霊の力が、少しずつ降り積もっているのです。