2011年1月23日・29日に
青森県弘前市にある鳴海要記念陶房館で開催中の「青森の不思議」展にて
雪 雄子 舞踏公演が行われた。
大音量のジャニス・ジョップリンの激しい音楽の中、
登場した雪さんの姿は、美しい獣そのものだった。
撮影 片山康夫
「見たか? あの足。大地をガッと掴んでいて……あいつは、王貞治か?」
と、初めて舞踏を観たという 津軽の宿弘前屋のご主人が言う。
こわいぐらいのスローな動き。痙攣するように動くまぶた。
身に纏った蚊帳の衣装は、海のような青から薄水色、白へのグラデーションが
切ないほど美しくて
太陽の光を浴びた獣のようだった。
撮影 片山康夫
その獣は、わに。
美術家の坂本智史さんの話によると、
大昔、わには最強生物であった。
わにに食べられるのを恐れて、ある生きものは空を飛ぶ羽を持ち、
ある生きものは身体を巨大化させて恐竜になったが、
わにはその姿で既に最強の生物であったから、
何億年も進化せず、わにのままでいるのだという。
この舞踏のタイトルは、「わにが来た」
撮影 片山康夫
場面は一変して、サイモン&ガーファンクルの美しくどこか切ない歌声が
響き渡ると、白い馬を舞踏で演じる雪さんが登場した。
腰に赤いリボンを結わえた真っ白な馬は、サーカスの馬。
サーカスの馬のけなげな踊りは、
もう舞踏の枠を越えていて。
一つの世界を生み出すためにあらゆるものを
犠牲にして、その儚い世界を創り出す彼女は
恐らく、自分でも無自覚であろうけども
一冊の本、一つの映画、一つの宇宙と同じ質量の空間世界を
数十分の間にその身体一つで生み出してゆく。
観ている私たちは、彼女の踊りに触発されて、眺めるうちに
深い深い心の奥の思い出に遭遇する。
ある人は自分の大切にしていたお人形に出会い、ある人は自分の中のヒーロー・王貞治に出会う。
その美しさが心の奥に潜むやわらかなもの、
残酷なほど心に残る大切なものの具現であることを
彼女は知っているだろうか?
いや、きっと。
知らず知らずに踊っているのだろう。
私は、雪雄子さんの舞踏で同じ踊りを観たことが一度もない。
どんな時でも常に新しい踊りを無の世界から召還してしまう、
奇跡的な舞踏家であると思う。
常に新しい舞踏を、無の世界から引きずり出してしまう。
きっと雪さんは死ぬまで踊り続ける。
100年経っても踊り続ける。
弘前屋のご主人が言う。
「彼女は踊りを選んだんじゃない。踊りに、選ばれたんだ」 と。
撮影 片山康夫