杉浦日向子さんが死んだ

杉浦日向子さんが死んだ
あまりにも悲しい。

毎日を暮らして、日々の雑念とか
そんなものでいっぱいになった時、
そんなもの全てを吹き飛ばしてくれたのは、
日向子さんの漫画だった。

物語の力で私のすべて巻き込み、
たまらないほどの気持ちを
江戸の時代から変わらない、日々の空気と人の気持ちを
ザバンと描いて吹き飛ばしていった彼女の漫画の中には
いつも風が吹いていた。

「髪、結わねえのかい?」
「こうしていると気持ちがいいのさ」

たくさんの気持ちに、説明などいらねえじゃねえか。
「ままよ」と思って髪をかき上げ、
「阿保らしい」と風に吹かれりゃ、
風がすべてさらっていっちまう。

日向子さんの漫画の中には、
どこからかいつも風が吹く。

江戸の街を吹き抜ける風。
絵師の描いた絵の中にも、
首を突っ込むと荒涼とした風が吹いている。

絵の中の美しいおなごに恋をして、戯れに契りの杯を交わしてみれば、
絵の中に顔が抜け、見上げるとそこにはあの絵の中の美しいおなごはおるが、
天も地もなく、ただ寂しく風が吹いている。
絵の中では、ただ覗き込んだ、自分の顔だけが浮かんでいるってなもんだ。

ジイサンは絵師に頼み、絵の中に満開の桜を描いてもらう。
天と地もある優しい風を、注文つけるというもんだ。

その時読んでる我々は、絵の中に首突っ込んで話しかけるジイさんの目玉と、
気付けば同んなじ景色をみる。

人にはこんな物語りを描く力があるのかと
悔しいやら嬉しいやら、拍手喝采。涙が出てくる

あれだけのものを描ききってしまったからか。
日向子さんは静かに筆を折り、江戸研究家になってしまったが、
そんなんじゃないんだ。
彼女はただ単に、
雲の上で楽器をつまびき、目を細めて笑う
観音様になっちまったんだよ。

大っきな東京観音に手を合わせりゃよ、

静かに見守る日向子さんが
江戸の空、一杯に

拡がってらあよ。