「ふっふっふ…もしも何もかもが運命で決まっていたとしたらどうする?」
「う、運命なんか関係ねえ! オレの手でこんな運命切り拓いてやるぜ!」
「ふっふっふ…その『運命なんて切り拓いてやるぜ』と言うことすら運命で決まっていたとしたらどうする?」
「そ、そんなことをいう運命なんて関係あるか! 運命なんて切り拓いてやるぜと言ってたオレのしがない運命だって切り拓いてやるぜ!」
「その『運命なんて切り拓いてやるぜと言ってたオレのしがない運命だって切り拓いてやるぜ』と言って切り拓こうかなあやめようかなあと思っていることすら運命で決まっているとしたらどうする? ふっふっふ……」
って感じで。何もかもは運命で決まっていると思った方が
気が楽だと思うのは、私だけなんでしょうか?
昨日風呂の湯をうっかり出しっぱなしにしてしまったことなんかも、
運命で片付くなら落ち込んだりしないよね。
しかし、「運命論者は反省しない」という欠点があります。
風呂の蛇口、ちゃんと閉めろっての