私は沼。

文章を書くときに、全体の構図を書いて書ける人と

一文書いて、その一文から出てきた言葉につられて一文を書いて…と、

積み重ねるタイプの物書きがいるのだそうです。

 

私は、文章を書く上で、「全体」というものは本当に最後まで見えない人なんですね。

たとえて言うなら、「沼」です。

 

私という沼に石を投げて、中から何が出てくるかは私自身すらわからなくて。

「あなたが投げたのはこの斧ですか? それともタライ? もしくはタワシ?」

と、沼にとりあえず何か投げ込むと、

タライとかすのことか、タワシとかが出てくるのですが。

本当に何が出てくるか、書いてみるまでわからないのです。

 

でも、人って沼のようなものだと思うんですね。

お互いの沼に石を投げ込んで、出てくるいろいろなものを

「わー、タワシが来たー!」

とか、

「今度は海綿だー!」

と、不思議がって投げ込んでいるのが

一番おもしろいかな、と。

 

だって、何が出てくるかなんてお互いにわからないんですから。

 

時には、思った通りの物しか出てこない沼もあるのですが、

そういう沼だってすごくリラックスしている時には、

なんか変な物をいっぱい出してくれると思うんですよ。

 

人を沼だと思って接してみると、なんだかすごく楽しいのです。

 

 

返信数:3

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  1. 境航 より:

    沼は面白い例えですね。
    沼を見て思いがけずに透き通る一発の拳姿を変じ

    ブログのせいで最近なんでも短歌にしようとしてしまいます。

  2. ももくめ より:

    なぜに海綿…(笑

  3. yamadaswitch より:

    境くんへ

    何でも詠んでね。嬉しいから!

    ももくめ さんへ

    海綿ですよ-! 海綿体じゃないよ-!