自分は絶対正しくない。

私は、私に関する全てのことで間違える。
私は、私に関する全てのことで傷をつく。

そ、れ、は。
なんでかっていうと、
私だけが私を客観的に見ることが出来ない私であるからだと思うのですよ!


ようするには私が邪魔で、私に関するあらゆるものに過剰に反応しやすく、
間違えやすい。
そういうのは自己防衛本能なのか、なんかなのか。単に傷つきたくないからなのか。
自分に関する限り、必ず起こるものなんだと思うのだけど、

ようは間違っているんだよね。

で、間違うって何で起こるのかって言うと、
「正しい」とするものによって起こるわけじゃないッスか。

人と自分の「正しいの基準」が
恐ろしくずれてることがあるのですが。
それはそれでそんなに恐くはないのですよ。
ただ、「違うんだなあ」と感じればいいと思うのですよ。
元から違うものなのに、

相手のことをわかった気になったら絶対ダメだと思う。

大体、こんなに何も知らない私が
正しいわけないじゃないですか。
こんなに人の気持ちの読めない私が
正しい判断なんかできるわけないじゃないですか。

だ、け、ど、事象は次々に起こるわけで。

仕事でも事故でも何でも。
そしたら、次々に対応していく必要が起こるよね。
判断によって行動が起こるんだから、判断しなきゃダメだよね?

そういう時に、私は絶対間違ってない(イコール 私は絶対正しい) 
と思うと必ず失敗すると思う。

「私は絶対正しくない」っていうのが、
今年一番の収穫であって、
なんか今年も色々あって悩んだりしたけど
よくわかんなくても実行していればだんだんわかってくることもあって、
だんだんわかってきて「ああ、自分が一番正しいと思ってたのは間違いだったんだなあ」
っていう気持ちにもなったんであって。

理性を正しく導くっていうのは
そういうことなんかなあ、と思った。

私はケンさんの思想が相当好きで。
どうしたらケンさんみたいに考えることができるんだろう?って思って
ケンさんに

「何の本読めばケンさんみたいになれるの?」

と聞いてみたところ、

「デカルト読めってあれほど言っとろうがーーーー!!!!????」

と叱られました。

デカルト……とうとう読まねばならない時が来たのでしょうか……。
ケンさんは、デカルティシャンなんだそうです。
そんなデカルティシャンのケンさんは先週辺りから
だんご三兄弟の替え歌で「亀田三兄弟」を熱唱中。



亀田 史郎
闘育論―亀田流三兄弟の育て方

ケンさんが亀田史郎のコレを読みながら、「やっぱ、世の中文句つけた方の勝ちだな!」って
ところに至ってました。言ってることが関西には絶対いるような無茶な親父で、案外おかしいよ、この本。


そんなわけで、
「カメダ三兄弟」の唄

一番上は長男♪長男♪ 一番下は三男♪三男♪ 間に挟まれ次男♪次男♪

亀田三兄弟!!

♪ちゃーらん♪

親父思いの長男♪長男♪ 親父が恐い次男♪次男♪ 自分が一番三男♪三男♪

亀田三兄弟!!

♪ちゃーらん♪

デカルト読むと亀田三兄弟を歌うようになるのか……!?
謎です。
謎ですがデカルトの「方法序説」、
読み始めたら止まらないくらい面白い内容なので、
読み終わったら報告したいと思います!

読んでもケンさんみたいにはなれないと思うけどね……。



デカルト, Ren´e Descartes, 谷川 多佳子
方法序説 (ワイド版岩波文庫)