願い事の叶え方

ドグ子は、意外と願い事が叶いやすい体質なんだ

ドグけど、

それってどうやって叶えているのかというと、

方法があるんだドグ。



ここ十年ほどの間に、

けっこうあり得ない願いが叶ってきたドグ子は

叶え方を一つ知ってるドグ。

それは、実際に本人にいうこと。

これっきゃないドグ。



アラーキーに写真撮ってもらった時も、

奈良美智さんに表紙イラストを描いてもらった時も、

田口ランディさんに好きですって言った時も

ドグ子は全部、自分から行ったドグ。



こうしたいって、本人に表明する。

それでも叶わない時は、

詰める。



詰将棋みたいに。

叶わないなら詰めて、詰めて、叶うまで詰める。

マンガ家になりたかったら、マンガを描く。

とてもシンプル。



自分以外の人に聞いて、答えをもらうのも詰めること。

そうすれば願い事は、自然と叶っていくんだドグ。



叶いやすい願い事は、あらかじめ神様が「こうしたい」と

思っていること。

それを感知して、神様がやりたいことを

自分がその手足になって動けば、

大体のことはかなってしまうドグ。



50㍍級のストーンサークルを作ることだって、

庭に竪穴式住居を建てることだって、

神様がお望みならそれは、いろいろな偶然が重なって

叶ってしまう。



そうすると、「自分の望み」というものは

本当は自分の望みではなく、

自分をなくして天からキャッチした情報にすぎないということに

なるドグよね?



誰しもが、こうありたいと自分で思いついたと

思っているけども、

その思いつきという電波を受信しただけであって、

発信した人は誰か? ということなんだドグ。




更に、現代人は思いつきを信用しないから、

叶いやすい願い事は逆に、無視してしまいがちドグ。

右脳の声を信じず、左脳のこうあるべきにとらわれてしまう。

そうすると、願いは叶いにくくなる。



佐藤初女さんは、よく「神様のお望みなら物事はうまくいく。

うまくいかない時は、待って様子を見る」と

おっしゃっていたドグ。



これは、極意。

待って様子を見ている時、

人は、状況を見極めるドグ。

真っ直ぐ見てわからないことは、俯瞰して。

俯瞰してもわからないことは、斜めから。



そうして物事をよく見る習慣を身に着けると、

妄念が消えてゆくんだドグ。



妄念が消えた時、

全ては喜びであるとわかるドグ。



喜びで物事を行えるようになったら、

それはもう叶っているようなものドグ。

何故なら、他者からの評価を超えたステージに

上がっていけるから。




生きていること自体が喜びであるなら、

それはもう。

全ての願いが叶ったことと同じ意味ドグ~!