飲尿療法始めました。

2014年は、年が明けた途端に何か、「なにか、いける感じ」がしたので
とても気分が良かったのですが、気分が良くても風邪を引きまして。
 
熱が39度も出ている間、風邪を引いている間にしか出てこないアイディア群に翻弄され、
 
「松の木を買っていればよかった」「そういえば水素の出る棒(水に入れておくと水素水ができるマグネシウムの入った棒)を買っておけば良かった」「こんなことになるなら、アレをやっておけばよかった……」
 
と、それまでやってこなかった色々なことに後悔したんです。
 
アレをやっておけばよかった、アレを……。そう。
もう10年も疎遠になっていた健康療法……いっときは1年近く続けていたのに「もういいだろう」と思ってやめてしまったあの健康療法……
そう、飲尿療法を!
 
10年前に鬱っぽい気分を治そうと思って始めた飲尿療法を、
気づけばもう10年やっていなかったんですね。。。
 
鬱っぽい気分はすっかり良くなったのですが、
たった10年で、ビビリになったものです。
しかし、こうも風邪ばかり引くようになってしまったのなら、
私にも考えがあります。
 
こっちはもう、飲尿に関してはキャリアがありますので。
どうしたら尿を飲みやすくするかなんてもう、お手の物なのです。
とりあえず鼻をつまんで飲めばいいんです。
くそまずいですけど、鼻つまんで飲めないものでもないです。
 
あと、冷やすと格段に味がクリアーになるので冷やすのがお勧めなのですが、
冷やしてる間に家族の目に触れるとまずいので、
やっぱり冷やさないで飲むのがお勧めですね。
そんなわけで朝、飲んでみました。
 
「ブハアアア~~~~ッッ! やっぱり味、すっごいね~!!!!」
 
ところで尿って、どういう味がするのか想像できますか?
それは、「どうしようもない」味なんです。
ベースのどうしようもなさに、塩味、甘み、苦味などが追加されていくのですが、
ベース部分の味はどうしようもないんです。
 
これは、まるで人間が最後何を手放せずに抱えているかが、「どうしようもなさ」のような。
割り切れなさとか、曲げられなさとか、そういった味なのです。
だって本当に透き通った味になってしまったら、きっともう天国に召されてしまうだろうから。人であるかぎりこの、どうしようもなさからは逃れられないのでしょうね。
 
しかし、そのどうしようもない味って、愛しくもあるんですね。
「ああ、どうしようもないなあ……」っていう。
飲尿療法3日目にして、
そもそも人間はどうしようもないんだったということを思い出したのでした。