無意味せんげん - 山田スイッチ –
山田スイッチは、一切意味を求めません。ちなみに7歳男子と3歳男子を田舎で子育て日記。
2014/07/22 カテゴリー: ダーリンはブッダ。 タグ: ガリダーリンデブ子ブッダ拒食過食 ダーリンはブッダ第4回「拒食のガリ子、過食のデブ子」 はコメントを受け付けていません
イラスト/ナカエカナコ
 
ダーリンはブッダ第4回「拒食のガリ子、過食のデブ子」
            
 私たち仏教部の4人は、初めて部室の外をメンバー全員で歩いた。夕暮れ近くなった外の風は心地よく、秋の匂いがした。空には透明な水色に夕暮れのオレンジが交じっている。
 先頭を行くガリ子の、進むに進まないひょろひょろ歩きにイライラしたのか、タカハシは突然、ガリ子の腰回りを掴むとその身体を持ち上げ、自分の肩にガリ子を載せた。肩に女の人を載せるだなんて、ボディービルの宣伝以外で私は見たことがない。
「キャアッ!」
「ほら、早く行き先を言えや!」
「ままま、真っ直ぐ!」
 
 ズーンズーンと歩くタカハシの姿は、まるで夕暮れの巨神兵だった。『風の谷のナウシカ』に出てくる腕の長いロボット……その後ろに、自転車を引く私と、冴馬が歩いている。
「5人目の部員が、できるといいね。」
 冴馬は無邪気にそう言った。
「そ、そうだね」
 冴馬は、春からずっと理科室のカーテンのようなボロ布を身に纏っているんだけど、もう寒くないんだろうか? 足下も靴ではなくサンダルだし。それに、彼の両親は彼の服装のことを、一体どう思っているんだろう?
「ねえ、冴馬。冴馬の両親って、どんな人なの?」
 すると冴馬は私の目を見て言った。
「両親は、いないよ。母親は生きているけど、家にはいない。父は早くに他界してしまったんだ。」
「ええっそうなの!?」
「うん。」
「さ……冴馬って、それじゃ普段、ご飯はどうやって食べてるの?」
「大丈夫。朝と晩に托鉢にいくから。」
「托鉢ぅ!?」
 
「自分のお椀を持って、ご近所の戸口に立つとね、黙っていてもそこの家のお母さんが
ご飯をくれるんだよ。最初のうちは声をかけなきゃいけなかったけど、今では玄関を開ければすぐに笑顔でご飯をよそって、おかずを載せてくれるんだ。僧侶の托鉢に家の食べ物を差し出すのは、尊い行為なんだよ。布施と言って、施しをすることでその人は自分の中に小さな仏がいることを認識できるんだ。僧侶が食べ物を請わないと、一般の人は施しを与えることができないでしょう? 困っている人がいなければ、誰も助けることなんてできないんだよ。」
 なんだかよくわからないけど、冴馬は毎日、ご飯を食べる度にそんなことをしているのか……と思った。私なんて、お父さんもお母さんも生きてるから、ご飯なんか出てきて当たり前だし、学校も通わせてもらって当たり前だと思っているけど、それがなかったらどうやって生きていくんだろう? と、ふいに不安に思った。
「大丈夫。どんな人の上にも、太陽があるから。太陽は全ての生き物を生かしてくれるアミダブツのようなものだよ。ほら、今日も太陽が一日の役目を終えて沈んでいく……ありがたいことだね。」
 冴馬はスッと手を合わせた。そういうことが自然にできる冴馬がうらやましい。私がやったらバカみたいにわざとらしくなってしまうもの。
 
 夕陽がオレンジ色の閃光を放ってビルの間に消えていくと、もう住宅街まで私たちは来ていた。ガリ子が言う。
「ここのマンションの9階が、私のお友達の住んでいる家なんです。」
「ガリ子、過食症の友達ってずっと学校に来てないの? それって、病気なの?」
するとガリ子がタカハシの肩に乗ったまま、少し私たちに遠慮するように言った。
「拒食症と過食症は、正反対に見えてその本質は同じものです。彼女も過食になる前は拒食症だったんだけど、何かのきっかけで引っ繰り返って過食症になっちゃったの。食べない間はやせ細っていく自分を見つめていれば、何も考えないで済むしどんどん理想の体型に近づいていくんだけど、周りが食べろ食べろってうるさく言うでしょう? それで、何かのきっかけで……たとえば、菓子パンを食べちゃうとか。そういうことがあると、今度は食べている間は何も考えなくて済むってことに気付いちゃうの。たぶん、私たちは、あなたたちが……恐いんだと思う。」
 
「エエッ、私、たちが……?」
「だって、みんな気持ち悪いものを見る目で私を見るでしょう? 剛玉君は、最初から好意的な目で見てくれていたけど、それも剛玉君が変わり者だからだと思うし。普通の人たちのこと、本当に私、恐いの。すごく、ドカドカと人の精神を踏みにじって平気な人たちに見えるの。あの、お昼ご飯の時にみんなが大声で喋っているのを見るのがイヤ。自分が全く正しいような声で……。まるで肉食獣に囲まれているみたいで、本当に耐えられない。あの存在の騒音は暴力だと思う。自らを消して、消えていかなければならない存在がいることを、まるで無視する人達が恐い……」
「……。」
 ガリ子の言っていることは、なんとなくだけどわかるような気がした。だって、私だってクラスの人たちのこと、なんとなく恐いもの。
 
「違うよ、ガリ子さん」
 冴馬が言った。
「君だけが恐いんじゃないよ。向こうも君を恐れているんだ。君は、ほんとうのことを突きつけてくるからね。」
「本当のこと……?」
「みんな、とりあえず自分の身を守りたいんだよ。そのためには、攻撃が最大の防御になると誰もが無意識に感じているんだ。細かいところを気にすると、精神を病んでしまうからね。細かい自分の嗜好とか、反応を目立たないように、できるだけ自分を挽きつぶすようにしないといけないってみんな思っているんだよ。それを実行して、挽きつぶれた自分を憐れんでいるんだ。弱くてもいいという社会はまだ訪れていない。本当は、みんなが弱いんだよ。弱くても許されるなら、みんなもっと普通にしていられる。ありのままでいられる。だけど、それはもう少し先に訪れるものなんだ。」
 マンションのエレベーターに乗るとき、タカハシはガリ子を肩から降ろして言った。
「おまえって、面白いぐらいに軽いな!」
 と。それはガリ子にとっては最上級の褒め言葉だった。