とあることをきっかけに今、死ぬことに非常に興味があるんです。
生き物がなんで、「食べられるのに生きるのか」ということは
永遠のテーマじゃないですか。
その生き物の中から、「他の動物に食べられるのが嫌だ!」という
強い思いから道具を発見して、火を使ったり、医療を発見したりして
人間が生まれたわけですけども
それでも死ぬのに変りはなくて。
死んでしまうのになんで生きるのかって、やっぱり考えちゃうわけですよ。
やっぱり、死んだら漫画「火の鳥」みたいに銀河の中の巨大な魂の渦に自分も飛び込んでいって、もはやどこからが自分でどこからが他人もわからなくなり、そこには死んでしまった過去の恋人やあらゆる魂が存在していて、魂がダンスを踊るようにぐるぐると渦巻いているのだろうかと思ったのですが、
まあ、そういうのって死なないとわからないじゃないですか。(笑)
死なないとわからない。
だから、今の目標は安全に最後までしっかり生きること。
安全に魂をうまく運転していって、
死んだ時に「ああ、こういうことね!」っていうのを
しっかりと意識できるような、
そんな死体でありたい。
関係ないですけど、「新鮮な死体」って、ひょっとして生きていませんか?
ちょっと手をくわえたら生き返るんじゃないかしら。
今月の11日は、不動産屋のコボリさんがガンで亡くなって、ケンさんがお通夜に行って来たのですが。
お通夜の席では生前にコボリさんが「通夜の席で伝えてほしい」と残されたメッセージが喪主である息子さんの口から語られたのだそうです。
そのメッセージが、もしかすると不動産業界全体が見直されるほど素晴らしいメッセージだったので、ここにお伝えしたいと思うんです。通夜の席で伝えてほしいと語られた、コボリさんからのメッセージはこんなものでした。
「今よう、あのよ(世)!」
ギャ……ギャグ!?
先ほどまでの友人代表の挨拶で、泣きに泣いた会場で故人からのギャグを聞き、ケンさんは言いました。「通夜って、にこりともしてはならない雰囲気があるんだばって、これ聞いたらなんか、フワッとしたよな!」
このお話を聞いてから、私の中でなんか、死生観が変わったような気がするんです。
コボリさん、本当にありがとうございました。
素敵です!
亡くなってもギャグを伝えられる余裕がある人ってのは
なかなかいないです!
そういう人生って素敵だなぁ。
私はただ漠然と「私のお葬式はオフコースのさよならか、
小田和正さんの言葉にできないをBGMにしてほしいなぁ」くらいしか考えたことなかったぁ。
・・・欝は辛いよねぇ。
考えが後ろ向きすぎて、かなりやばくなったこと有。
なんてこと無い日常で1週間悩み続けて泣いてばかりいたことが。
何も考えてないの。ただ辛かったの!
結局心療内科で薬もらってお医者さんの優しい言葉を聴いたら
「専門医が言うから大丈夫!治る」って思ったけど。
しかし欝状態で飲尿を試すスイッチさんってすんげ~!
にょろさんー!
ただ辛いって、わかるわ~。
無駄につらいし、悲しいよね。
でも鬱はいつか明けるから大丈夫だよー。(^O^)
すいっち