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占い師の教える「占わなくてもいい生き方」

ハイどうも~!

普段はコラムニスト兼イラストレーターで、

趣味で土偶のゆるキャラ「ドグ子」をやってる山田スイッチですが。

なぜか10歳の頃からエジプトカード占いというのを

やっていまして。

それを30年、占いに占い続けて、わかったことがあります。

人って、何を占いたいかっていうと

「うまくいくかどうか」なんです。

どうしても何かに挑戦している時、不安になって

「うまくいくか、いかないか」を占いたくなる。

会社を辞める時でも、好きな人に告白する時でも、

嫌になったダンナと別れる時でも、

「うまくいくかいかないか」が、すごく気になるのね。

でも、占いで一番大事なことは

うまくいくかいかないのではなく、

「そこにどんな意味があるか」

なのです。

カードの持つシンボルを観れば、

占い師は一発でその人がどういう状態で、

どんなことを今、する必要があって

この問題はうまくいくのかどうかなんて

すぐにわかる。

だけどね。

「これはうまくいきません」と言って当てる占い師は三流の占い師です。

当てることが、その人の人生に必要なことでは

ないと思うんですね。

どのような意味があって、今、何をするべきかなのか。

それだけが、必要な情報だと思うのです。

だって、好きな人への告白が「うまくいかない」と言われたからって、

しないってのはないでしょう?

嫌いな旦那との生活が、うまくいかないからと言って、

諦めるなんておかしな話でしょう。

もちろん、「やり方を変える」という方法を編み出すのも

占いの手口ですが。

物事は必ず、1から3には進めないようになっていて

どんなに嫌なことでも、2を通らなければならないように

できてるんですね。

その「2」を飛ばすという選択をすると、

さらに別の形で「2」が現れる。

だから、そこの「2」の意味を真摯に受け止めて、

3に進む心構えを伝えるのが、

良い占いだと思うのです。

ということは、

物事は、必ず1 2 3 と起きるようにできているのだから

占わなくても生きていけるんですね。

どうせ起こることは、起こるという意味です。

でもまあ、もしも「一体、これはどんな意味があるんだろう?」

ということが知りたい時は、

「山田スイッチ エジプトカード占い」で

ググってみてください。(笑)

メール占い一件2000円でやってます。

正直、遠隔で占っているので

自分でも当たってるかどうかなんてわからないのですが。

「当たらない」と言われたことは一度もないです。

それは、その人の状態を言葉に置き換える作業が

「占う」ということなので。

本当に自分を客観視でき、自分の本質、やりたいことなどを

はっきりと自覚できる人には

必要のないことなのですが。

「あたし、どうしても言語に置き換えるの苦手なんだよね」という

人には向いてるので。

だから、女性が占いを必要とするのは、

言語を司る左脳よりも、感覚を司る右脳の方が発達しているから

なんだと思います。

物事は、1から3へは進めない。

必ず2を通ることになっている。

それさえわかれば、占いはなくても生きていけるという

占い師のお話でした☆(^▽^)/

 

 

ゴールを設定しない生き方

だいたい、夜中にまじめなことをブログに書いちゃう時は酔っ払ってる証拠なんだよね。

(^_^;) 酔っ払って思考がうまくまとまらなくなって、まとめるために書くんだけど、

昨日考えていたのは、私ってしょっちゅう「これができたら死んでもいい!」っていうことを考えているなあってことでした。



……庭に竪穴式住居を建てるとか、田口ランディさんとイベントをやるとか、

奈良美智さんに本の表紙を描いてもらうとか、松尾スズキさんに帯文書いてもらうとか、

近年において最大だったのが、「ストーンサークルを建てられるなら死んでもいい!」



だったんだけど、その願いが叶った後も、人生が続いていて

ゴールがないんだなあって、

思ったんですね。



直径50メートルで石を7700個使ったストーンサークルが建ったら、

後は他にやることがないと思ったんだけど、それも私の友人である杉原信幸さんと山形淑華さん、

外ヶ浜町の協力のおかげで出てしまったし。

それが叶った後もまだ、その後もどんどんやりたいことが出てきて、

自分ってどんなに欲張りなんだ……と思うと共に、やっぱり叶うか叶わないかっていう時に、

ぬほど身もだえるんだよなあって、思ったんです。

今から7年くらい前に、森のイスキアで、田口ランディさんと佐藤初女さんに、

私の友達である舞踏家の雪雄子さんの踊りを見せたい……と思った時は、

あのときの取り越し苦労は最大のものだったんだけど、(まだ若かったし)。

心臓がつぶれそうなほど大変なことだったんだけど、本当に叶えたいって思った時には、

ちゃんと叶っちゃうんだよね。

願いごとは粛々と作業すれば可か不可かの天秤に載せることができるのですが、

身もだえるのに時間がかかるんです。

だけどそれは、ゴールを設定しているからなんだよね。
ゴールを設定せずに生きたら、身もだえる苦労から解放されるんだと思う。

ただ、毎日を感じながら生きることがゴールを抜けることなんだって思う。

「なんとなくで過ごすこと。」これは、案外と難しいのです。

ゴールの後にもずっと人生って続いているし、

もしかしたら死んだ後にも何かが続いているのだとしたら、死ですらそれは、ゴールではない。

ということを、昨日はまた金子みすゞの人生を思いながらブログに書いていたんだけど、

やっぱり酔っ払っているからなんか格好付けちゃってて全然ヘタになってたっす。

 

ダメだコリャ!

 

月3万円ビジネスと共生型社会への生き方

発明家の藤村靖之さんの、「月3万円ビジネスと共生型社会への生き方」のトゥゲッターが

面白いです。


http://togetter.com/li/254133


togetterより引用しますね。


いまぼくたちは、産業革命以後の、エネルギーを使って経済的に豊かになる

ここ数百年の社会が終わりに近づいていることを予感している。


次の文明への移り変わりがすでに始まっている。


一人一人がどう振る舞うかによって、数十年先にやってくる文明がどういうものか決まってくる。


だからどうなるかは僕にも誰にも分からない。


こういう状況に居合わせたことは幸せでもある。


なるべく小さいことを楽しくやる。小さければ小さいほど良い。抵抗が小さく、犠牲が少ない。楽しくできる。楽しくて良いことは、必ず大きく広がっていく。


(発明家・藤村靖之さんの講演より)


変わり目の時期に私たちが存在しているということを

強く認識している藤村さん。

人類が、どっちを向くのかが今の私たちにかかっているというのを

このtogetterを通して感じます。


面白いのでぜひ、ご一読を!


月3万円ビジネス/藤村靖之
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テクテクノロジー革命―非電化とスロービジネスが未来をひらく (ゆっくりノートブック)/藤村 靖之
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愉しい非電化―エコライフ&スローライフのための/藤村 靖之
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降りてゆく生き方 生き方の祭典によせて 後編

森田さんが続けて言った。



「ほとんどの農家は、この点の理解も決断も無理なはずです。

それはそれで、やむをえないでしょう。


それというのは、農法のやり方を切り替えるには、

「生き方」そのものを切り替えねばならないからです。




逆に言うと、生き方を切り替えないまま農法だけ変えても、

間違いなく行き詰るのです。

「生き方」の転換の先に、農法の転換がないとダメなんですね。

ですので、それを実行できる人は、必然、少なくなってしまうわけです。」




うむむ……ナルホド。


実をいうと私の思い描いていた「青森県の生ゴミ全堆肥化」もこれがネックで頓挫している。堆肥の入れすぎを環境部会の部課長・Hさんがいち早く気付いて、よく調べた方がいいという段階である。

ところで。私は農薬の問題をどうこう言わなくてもよかった時代に

思いを馳せる。つまりは、農薬が登場するより前の時代だ。


農薬の起源は1700年代。

欧州で除虫菊の粉で作物を害虫から守ることができることが既に知られており、商品として流通し始めたといわれている。日本の農村で農薬が普及し始めたのが1930年代。その後、農薬は昭和初期に本格的に普及した。

(参考 フリー百科事典 ウィキペディア「農薬」の項目より)


ということは、1930年代より前の時代には、人々は農薬も使わずに作物を育てていたことになる。その後、第2次世界大戦が1945年にあり、

日本は戦争に負け、とにかく復興しなけばならない、がんばらねばならない、と文字通りがんばってきた。

アメリカに追いつけ、追い越せとがんばり、農村部の青年は農業よりも工業化に必要とされ、都市への労働力の流出は、その当時普及し始めた、

農薬と農業の機械化がまかなうこととなった。


そこで一気に都市化が進んで、農村部も機械化・農薬による

収穫数増大をはかってきた。


そこでようやく余暇も得られた豊かな現代、人は

気付けば時間に追われて、自然もコンクリに埋められ、

農地は農薬がなければやっていけない、

哀れな存在に成り果てていたのかもしれない。



何もかもをコントロールしようとするのは、

ものすごく自然に反した生き方だ。一定の規律しかないようにも見える。

人間の身体も自然であり、調子の良いとき、悪いときがある。

その自然のものを色々無視して頑張らないといけないような世の中に、

今、なってしまっている気がする。



その規律では、生きられなかった人達が

「降りてゆく生き方」という言葉をスローガンに、

弱さを絆に、トラブルを糧に(清水義晴著『変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから』より抜粋)

して生きてきた、「浦河べてるの家」の、統合失調症の人達なのではないか? と思う。


そこでは、「小さなできること」から、

全てが始まっているように見える。大きなものが悪いのではなく、小さなできることを積み重ねる生き方。こんな生き方があったんだと、私は「降りてゆく生き方」のモデルになった、浦河べてるの家に関する書物を読むと

感動してしまうんだ。


私の、小さなできることってなんだろう? それはきっと、人の話を聞くことだ。降りてゆく生き方の祭典には、

面白い人がたくさん登場する。



武田鉄矢さん、木村秋則さん、無肥料自然栽培の川名秀郎さん、寺田本家23代目投手の寺田啓佐さん、山口乃子さん、べてるの家を発見した清水義晴さん、浦河べてるの家の向谷地生良さん、篠田昭さん、森を作った校長の山之内義一郎さん。

ひょっとすると木村秋則さんという人は、進化するのに必要な突然変異の農法を生み出したのかも知れない。その突然変異を、受け入れるか受け入れないかは

どうやっても私たち、個人個人にかかってくる。


その日は、一体どんな言葉が交わされるのだろう。この、疑り深い私たちの、ガードの固い心を動かしてくれるだろうか……。

動いたら、世の中は少し、変わるのかもしれない。

4月18日(日) 

降りてゆく生き方 生き方の祭典

場所 日本青年館 大ホール

午前の部 11時   開演 (完売)

午後の部 1530分 開演

全席自由 当日券 4000円 前売り 3000

内容 映画「降りてゆく生き方」上映

「生き方」スペシャルトーク 舞台挨拶ほか

託児あり

 

『降りてゆく生き方 生き方の祭典』によせて

実をいうと、映画『降りてゆく生き方』をまだ観ていない。

子育て中の主婦というものは、何故か映画だけは観ることができない。

もしも観れるとしたらアニメ『クレヨンしんちゃん』ぐらい。そうそう、

最近4歳の師匠はクレヨンしんちゃんに夢中であり、一緒に映画を観ていると驚くくらいに、身につまされる……。クレヨンしんちゃんの映画

『ブリブリ3分ポッキリ』は深いよ。深すぎるよ……。



さてさて。

そんなスイッチかあさんがなんで映画『降りてゆく生き方』を宣伝するのかというと、この映画を作った人達が、なーんか、いい人すぎるせいだ。



なんか、生き方なんて真面目に考えている人って、きっといい人なのだ。


映画『降りてゆく生き方』には、新潟の、棚田の風景が現れる。

映画の内容をよく知らない私でも、

この映画を作った人達が、本当に守りたかったのは

棚田の景色なんだなあ……ということはよく、伝わってくる。映画を作った森田貴英さんが、映画の方向を模索していた時、転換点で出会ったのが、奇跡のりんごの木村秋則さんだという。




木村秋則さんの奇跡のりんごは、もはや全国規模で有名になったが。木村さんのりんごのことは、地元では大変に扱いが難しい話題だと思う。


何故かというと、木村さんのりんごが農薬を止めて、7年とか8年の間1個も収穫できなかったという時期に、木村さんの農園の隣にリンゴ畑を開いていた全然関係ない人の農園でも全然リンゴがとれなくなったという

事件があり……、



また、りんご栽培は初期の農法に比べてかなりの低農薬(りんごの幹にかけるだけ)になっているんだけど、木村さんの書籍の表現だと、りんごの実そのものに農薬をたっぷりかけているイメージが、

青森の、木村さん以外のりんご農家のイメージになってしまった…ということもあり、木村さんの話題というのは、地元では非常に扱いが難しいのだ。


森田さんにこのお話をしたところ、こんなお返事が返ってきた。



森田さん:そうなのでしょうね。

無農薬リンゴは、他の地域では裁判になったこともありました。



さささ、裁判!?




私: 

農園が、もっとよそのリンゴ畑に被害を出さない

山の奥にあれば良かったのですが。ですが、やっぱり今の時代は何事につけても、過渡期なのだろうなと思ってます。あちこちで、時代の引き渡しが起こっているのだから新しい時代になるための靴擦れみたいなことが、

今この時代に起こっているのだろうと思います。


と。すると森田さんから、意外なお返事が返ってきた。






日本の農業は過渡期にあります。

今、私は、温暖化よりも、硝酸化窒素の問題のほうが環境にとって

大きいのではないかと思っています。

硝酸化窒素過多の原因になっているのが、肥料なのです。

農薬以前に、肥料の問題を議論することがこれからは重要なのではないかと思っています。




有機を経験して無肥料自然栽培に移行した方々は、

「有機だと必ず行き詰る」といいます。

それは、有機肥料で土がダメになってしまって、病気や虫がでるのですね。

そうならないには、有機であっても、肥料を止めるしかないのです。




後編に続く!  



降りてゆく生き方 生き方の祭典はこちら!

http://www.nippon-p.org/mov.html