Archive for the "書評のようなもの" Category

こどもの日 空に一筋 光の龍

こどもの日 空に一筋 光の龍 (ドグ子☆)

 

不動樹里さんと鮑 義忠さんの新刊『日帰り 神の国ツアー』(VOICE)

日帰り 神の国ツアー  自分の天界を観て、変えて、現世を豊かにする! ──【特別付録】願望別神さま護符8枚

を読んでいたら、天界のことを書かれているのに、逆にこの世が空に龍の飛ぶ世界に思えてきて、葉っぱが緑色なだけで嬉しいドグ。

新芽は透明に輝いているし。

3月くらいになんか、すごい迷いの時期みたいなものがあったんだけど、5月1日に目が覚めて感じたのは、「喜びでしかない」という感覚だったドグ。

この人生は、喜びでしかない。

こんな感覚にたどり着けたのだから、
あの頃悩んでて本当によかった。

今日も空には光がいっぱい。
この人生は、喜びでしかないドグ~!

 

 

 

けものフレンズと手塚治虫を同時に見る。

アニメ「けものフレンズ」観ながら
手塚治虫の「火の鳥」の黎明編と鳳凰編を読んでたんだドグけど、
手塚治虫のすごいところは、人間の醜さをきちんと描いている
ところだと思うんだドグ~。
 
火の鳥の中じゃ、人って蟻のように殺されるドグね。
女子供関係なく死ぬドグ。
手塚治虫は火の鳥を、
 
「いつの世にも変わらぬ人間の生への執着、
それに関連して起こる様々な欲の葛藤を
火の鳥を狂言回しにして描くことにしました。」と、
ハッキリ書いているのがすごいドグ……。
(KADOKAWA 絶品コミック 火の鳥 黎明編 手塚治虫著 より)
 
この人は歴史に人間の残酷さを学び、
歴史を織り込みながらドラマを描く才能のある人なんだと……。
黎明編は『古事記』をよほど読み込んでいないと描けないような
うまいパロディなんだドグ。
 
手塚治虫のすごいところは、
無意識と意識のバランスがすごいところ。
意識的に人間の醜さをさらそうとする場面と、
意識的でないと描けない戦争。
 
窮地に追いやられた人間の、
何かを超えた力、暗い穴から光が差し込んだような
一瞬のシーンは、
意識の領域からはみ出たような感覚を
味わわせてくれるドグ。
 
鳳凰編だと、我王が両腕を失くしてから見た世界の美しさとか。
夢中で彫った仏像の迫力が、絵としてそこで成り立つほど
力を持っているところとか。
 
「黎明編」だと、
鼻がでかくて醜く、誰からも好きと言われたことのない猿田彦が、
卑弥呼の命令で蜂の巣に入れられ、全身をハチに刺されれた後、
ナギと舟でクマソに逃げるシーン。
 
猿田彦を憎んで殺そうとしていたクマソの奴隷の少年・ナギが、
鼻の傷跡をずっと口に含んで癒すシーンとか
すごい情動的でエロティックだと思うんだドグ。
 
あと、手塚治虫は一つの物語の中で、
 
清らかだった人間が出世欲に目をくらませ
相手の腕を奪い取るほどの腹黒い心を持つこととか、
 
怒りでいっぱいの殺人鬼が人と出会い、生きることで
全てを受け入れた悟りの境地に達する瞬間など
「同じ人間の中に起こること」を、
描いているんだドグ……。
 
「けものフレンズ」の「わーすっごーい!」を見ながら
手塚治虫を読むと、すごくバランスがいいドグ……。(*´Д`)

 

 

2016年 面白かった漫画個人的ベスト5

1位 『ダーリンは70歳』西原理恵子



西原さんの新境地は、ひたすら面白いギャグマンガ!!

高須院長という強大なネタを引っ提げて、

暴れまくる西原さんの「やらせろー!!」が

本当にもう、勢いあっていいんだドグ~!

本当に、笑えるドグ。



今回、順位で本当に悩んだんだドグけど、

死ぬまでにあと何回読むかの回数で決めることにしましたドグ。

1位、2位は、本当は入れ替えてもいいんだドグけど

この漫画はずっと読んで、笑っていると思うドグ~!





2位 ペコロスの母の贈り物 岡野雄一



『ペコロスの母に会いに』の岡野雄一さんが

描いたペコロスの続編。

長崎の方言が描く、映画のようなお話。



映画のようなコマ割り。抒情。ボケても幸せに

現世と空想の世界を行ったり来たりする世界観は、

もはや漫画ですらない気がするドグ。

コレ、絶対お勧めドグ~!!





3位 『進撃の巨人』20巻 諫山創 

続きが気になる漫画。

異形のもの、その出生、どこから来て何を企んでいるのか

真実は何なのか。

20巻も21巻もすごいYO!

ずっと面白くハラハラしてる漫画は珍しいドグ。





4位 『ぼのぼの』41巻 いがらしみきお

中学校からずっと読み続けてきたぼのぼのに、

とうとうお母さんが出て来たんだドグ。

ぼのぼの出生の謎、なぜいつもお父さんと一緒なのか。

そして、悲しみとは一体何なのか。



「悲しみは病気だ。」

これは、福島県に今も在住するいがらし先生の一つの悟りだと

思うんだドグ。いがらし先生はぼのぼのの他にもめちゃくちゃ

ディープでヤバい『I』全三巻とか『かむろば村へ』上下とか書いていて、

本当に人生の実相を探っている方だと思いますドグ。

41巻を読んでいて驚くのは、生きることでしか悲しみは消せないということを、

読者も夢中になって読んでいるうちに最初の悲しみを

忘れてしまうというところなんだドグ。

こんなに、すごい話だっけか……? そんな『ぼのぼの』をぜひ。







5位『トネガワ』4巻 萩原天晴 (著), 福本伸行 (著), 橋本智広 (著), 三好智樹 (著)

悪魔的面白さ……。

この表紙見たらわかるドグよね!?

なんて楽しそう……。

2巻のセリフで、「トネガワ、お前ヨガについてどう思う?」

っていう兵藤会長のセリフがあるんだドグけど、

本当になんか、兵藤会長がだんだん可愛くなるドグよ。

そして四巻も感想は「かわいい」なんだドグ。

『カイジ』を読んだ誰もが、「かわいい」という感情を持つ日が訪れるとは、

思わなかったはずドグ~☆



振り返って。



2016年も、漫画は面白かった……。

H×Hにハマって全巻読んだドグけど、

2016年発売は33巻のみっていうことで

今回はこんな感じドグ☆

ふおお~!

 

ナニワ金融道 ゼニのカラクリがわかるマルクス経済学

最近、ナニワ金融道を描いてた青木雄二先生の
『ナニワ金融道 ゼニのカラクリがわかるマルクス経済学』を読んでいたんだドグ。
これ、すっごく面白いんだドグ。

ナニワ金融道 ゼニのカラクリがわかるマルクス経済学 impress QuickBooks

難しい話は関西弁で語ってもらえれば……
なんでも聞けるような気がするドグ。
古事記とか日本書紀とかも
関西弁ならけっこう読めると思うドグ。

労働者は8時間働いて8時間分の
給料を得たと思っているが、
資本家は労働者の働いた1時間半分ぐらいの
給料しか渡さないことによって、
資本家が資本を得る。

って、実はドグ子、知らなかったドグ……。
(*´Д`)!!

ええ!? 8時間働いたから、8時間分もらってたんと
違うの!?

って。思ったドグよ。

「マルクスが言うまでもなく、賃金が利潤を超えることは不可能なんや」

って、まさしく!?

「彼の労働は自発的なものではなく強いられたものであり、強制労働である。」

だから貧乏人ほど酒やギャンブルに走るんや
と青木先生は言いますドグ。。。

なぜ労働者がギャンブルやアルコールでゼニを失ってしまうのか。

マルクスは150年前にもう答えていたんだドグ!

「それは、労働者が疎外されているからや」と。

働いても働いても搾取されるからなんやと。

六本木ヒルズ建てた労働者は、六本木ヒルズには住めないんだドグ。
多分、青木先生もこう言いたかったと思うドグけど、
出版社でブルジョアのビルに校正されたんじゃないかと思うドグ。
だから、

「人間としての本質から疎外された労働者は、
自分が存在しているという実感を求めて、刹那的な
自暴自棄の行為に走る。ギャンブル、アルコール、浪費……そして
ゼニがなくなり、ふたたび不本意な労働をしなければならなくなる」

って青木先生ーーーー!!!
マルクス、そんなこと言ってたんだドグか!?

マルクスの青木雄二訳を読みながら、
この理論で行くと浪費しなくても幸せが得られるニートがいたら
ニートの方が完全体なんだろうかと
思ったドグ子でしたドグ。(*´Д`)

つづく

 

 

新しいカルマの捉え方 「聲の形」

聲の形 コミック 全7巻完結セット (週刊少年マガジンKC)
 
カルマっていうのは、仏教用語で「業」を
表しているんだドグけど、
それって、前世の失敗とか、悪行とかが関係していて
前世の負債を償うために、
今世で「カルマだから仕方ないよね。」
 
と、割り切るためのものなんだドグ。
 
例えば、嫌なダンナと結婚してても離婚できない場合、
「これもカルマだから仕方がない」
と割り切れば、仕方ないなりに生きれるじゃないドグか。
 
でも、生まれ変わりがなく、死んだらTHE・ENDの
考え方や、生まれ変わっても裁きはなく、業を負わないって
考え方では、カルマそのものが存在できなくなる。
 
だとしたら現代の新しいカルマの考え方って、
「魂の成長のためにやらなきゃいけないと感じていること」
だと思うんだドグ☆
 
やらなきゃいけないと感じてるだけなので、
実はそれ、やらなくてもいいんだドグ。
 
でも、気になるとか、無視もできないっていうのは、
そういう「やったらなんか、成長できるのかな?」
 
っていう、期待が込められているはずなんだドグね。
 
なんでもかんでも、割り切れないところに愛があるとか。
それは愛なんだけど、どう考えても損だと思うところに
カルマって呼べばあきらめて受け入れられそう
って期待がある気がするドグ。
 
映画「聲の形」は、
カルマを乗り越える話だと思うドグ。
 
耳が聞こえない、いじめたら今度はいじめられた
すぐには明るくなんてなれない
いい子ちゃんである自分を変えられない
意地悪なキャラを変えられない
 
そういう人たちが、そういう人たちのまま
業として耳の聞こえないヒロインと関わるには、
あんまりに幼かった。
いじめてた子が今度はいじめられっ子になるという図式は、
 
最近じゃよく見かけるようになったけど
昔はなかった気がする。
多分、クリエイターって人と違い過ぎていじめられやすいだろうから、
自身の体験を描くことでこの、因果応報というカルマを
世に表すんだと思う。
 
顔にバッテンが貼ってあるという表現がやたらリアルだった。
 
ずっとにこにこしてるだけのヒロインが、
多分、「花火と一緒に散りたい」
と思っていたであろう
こととか。この映画は本当に、音に生かされている。
 
カルマも何も関係なくなった時、
ドグ子が求めたいのは、人の素直さ。
 
素直な人に触れるのは、
宝物を手にするようなものだから。
ヒロインが最後に「バー、カ! バーッッ、カ!」
 
って言ったのは、本当に最高だった
ドグ。