[うちのバッチャ] 20. 霊こと呼び出すんであればよ

20. 霊こと呼び出すんであればよ
 
 夏。お盆の季節がやってくると、バッチャは恐山へと出かけていきます。バッチャはしょっちゅうあちらこちらへと出かけてゆくのです。我が家では女ばかりがあちこちに移動して、家で待つのは男ばかり。
「待っている人がいるから、帰る場所がある」とはよく言いますが、我が家の「待っている人」は、大概おじいちゃんかケンさんなのです。
 恐山参詣を毎年欠かさないおばあちゃんに、
「恐山に行って、一体、何をするんですか?」
 と聞いたところ、
「供養!」
 と。誠に簡潔な答えが返ってきたのでした。
「おばあちゃんの両親っきゃもう、死んで50年も経ってるはんで、供養だっきゃいらねんだばってよ。この辺の村で死んだ人いるっきゃ? んだから供養さいかねばマネんた気がするんだー」
 バッチャは自分の先祖のためではなく、村で死んだ、あらゆる人の供養をしていることがわかったのでした。
 実を言うと、昨年の冬に親戚で不幸がありまして。七十歳になる嫁に先立たれた親戚の「四谷のおじいちゃん」が、どうしてもイタコに亡くなったおばあちゃんを呼び出して欲しいと、騒ぎ出したことがありました。
 恐山では年に一度「恐山大祭」といものがあります。大祭では7月頃に青森県むつ市の霊場・恐山にイタコが集まり、死んだ人の霊を呼び出す「口寄せ」をしてくれるのです。
 四谷のおじいちゃんがおばあちゃんの霊を呼び出そうとしたその年は、三月に東日本大震災があったため、全国からイタコに口寄せをしてほしいという人たちが集まり、恐山が「混んで混んで、毎年霊こと呼び出してもらってる人もなんも、呼んでもらえねかった」そうです。四谷のおじいちゃんは恐山まで行って、イタコの行列の長さに驚き、あきらめて帰ってきたのでした。
 大祭がない時には霊場に行っても、イタコがいないこともあるそうなので、恐山に行く時にはむつ市役所に恐山大祭の時期を聞くなどしてから、出かけた方がよいと思います。
 バッチャ達は恐山に行く時、朝早くから近所のジッチャが運転するワゴン車に乗って、村の人達と乗り合いで出かけ、夜遅くに日帰りで帰ってきます。
 恐山に行く途中は急カーブの連続で、しかもそのカーブごとに何故か、赤い前掛けをしたお地蔵様が立っていて……、何やら赤い布が木にぶら下がっていたりするので、霊場恐山はたどり着く前に死なないように、気をつけなければいけません。
 十年ほど前に恐山に行った時、宇曽利湖という生き物の姿がほとんど見られない、強酸性のこの世のものとは思えない透明な湖の前で私は、アシナガバチに襲われていました……。
 さすが恐山としか、言いようのない出来事でした。
 バッチャに「おばあちゃんには、イタコの知り合いはいないんですか?」と聞いたところ、
「いるよ。」と即答で答えられて、驚きました。
「いるんだばって、あの人はちょっと、丁寧でねんだよなあ…。やっぱり、霊こと呼び出すんであれば、もっと丁寧な人がいいと思うんだー。」
 と、そのイタコの人が同じ村の中にいることを語ったのでした。しかも、そんなに丁寧なイタコではないということもわかってしまったのでした……。
 村では誰かが死ぬと、バッチャ達が鐘を鳴らしながら、墓までの道をノスタルジー漂う唄を歌い、歩いていきます。その光景を見ると、つげ義春先生の漫画の世界にタイムスリップしたような感覚に陥ります。
 哀愁漂う不思議な光景に、「ああ、誰か死んだんだなあ…」と思うのです。その列に並んでいるのはみんなバッチャ達です。それを見ていると、人はいつバッチャになり、その列に加わって歩くのだろう? と思ってしまいます。
 私もあと30年もしたら、葬儀の唄を唄うバッチャとして、列に加えてもらえるかもしれません。その時何が起こるのか……歌唱指導のようなことがあるのか、誰にも知られずに公民館などで練習したりするのか、はたまた完全に口伝で伝えられていて、葬儀の際にしか唄は習えないものなのか……。その謎が解ける日が、待ち遠しいです。
 
 

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