そして記者会見は始まった。
ここからはあり得ないことの連続だったと思う。
まず展覧会事態がどこからの援助も受けず、
全てこの展覧会の内容に賛同する人達によるボランティアの
協賛・出資で経営をまかない、
展示スペースの作成(巨大会場の清掃、家具作り、ペンキ塗り)から
受け付け、広報、作品の監視まで
ありとあらゆるものがボランティアの協力のみで行われるという
あり得ないものだったのだが、
しかし、
そうやって弘前の奈良美智展は2002年も、2004年も
奈良さんの作品を弘前の煉瓦倉庫で見たいという気持ちに支えられながら、
達成されてきたのだった。
そして来年・2006年に今までにない長期間、
7月29日から10月22日までの約3ヶ月間に渡って
「AtoZ」展は開かれる。
この展覧会は今までと違って巡回もしない。
弘前で始まって、弘前で終わるのだ。
記者会見ではNPO harappa
(2003年に奈良美智展弘前実行委員会のメンバー
を中心に結成された非営利組織)の理事長・三上先生による
奈良さんの不思議な紹介から始まった。
会場にテレコを忘れていった私の記録であるから、
きちんとした記録は他の各取材陣。新聞社の発表を参考にして下さい。
印象に残った会話だけを中心に報告していきます。
三上先生
「奈良さんは2003年にgrafの豊嶋さんに出会いました。
えー、今日いる奈良さんは実は、去年までの奈良さんとは違う、
双子の奈良さんです。」
ふ、双子!?
三上先生
「前にいた奈良さんは双子の片方だったということから、
始めたいと思います。」
いやいや、どういうこと!?
記者会見席に豊嶋さんと並んで座った奈良さんが、
「双子」と言われて微妙に笑っている。
そして、あり得ないことがこの後理事長の口から
非常にさらっっと紹介されたのだ。
三上先生
「今回の展示ではたくさんの方々の協力を得ています。
(ここで突然、四人の方々を紹介。)
小山ギャラリーからは小山登美夫さんが、ボランティアとして参加されます。
あと、米子市美術館(米子市)の学芸員の今香さん、
広報担当のgraf(大阪市)の工藤さん、
元・美術手帳のライターの宮村さん(東京都)です。
………ハイっ それでは奈良さん豊嶋さん、お願い致します。」
もの凄くさらりと紹介されたのだが、
小山ギャラリーの小山さんが普通にボランティアって、
エライことだと思うのだ……。そう思うの私だけか?
あと、普通に米子や大阪から来るって、
ここ青森県ですよ。展覧会期間は3ヶ月弱ですよ?
あり得ねえですよ。
だけどそこまでして今回の展示には、みんなが賭けているのだ。
私もおちおちしてられない。
豊嶋さん(graf)
「来年(2006年)春から制作に入るんですが、時間はあるようで、
切迫してます。」
奈良さん
「ええと、grafっていうのは……、家具があって、ギャラリーがあって、
コックさんがいて、建築デザインとか、プロダクトデザインとか
色んな人が立ち上げたチーム…です。」
奈良さんと豊嶋さんの間でgrafというと、
何故か頭に浮かぶのは
「コックさんもいる」ということらしいのだが、
大阪にあるgrafは、
アートから食に到るまで「暮らしのための構造」を考えてものづくりを
するクリエイティブユニットなのだ。
既存のものにとらわれない
自由なデザイン展開で、商品販売はもちろん店舗空間や
アートディレクションなど多方面に渡り活躍中だ。
ここ最近の奈良さんの作品を展示する小屋はgrafによって作られているが、
小屋そのものに圧倒的に感受性を揺さぶるものがある。
だから奈良美智+grafなのだ。
奈良さん
「横浜で写真展をやった時、(「ノンセクト・ラディカル 現代の写真」展2004年)
写真を小屋の窓から覗く距離感を出したかった。
この距離感っていうのは実際に(アフガニスタンで)
暮らす人とは違うぼくらの場所との
距離感なんだけど、それをgrafが作ってくれて
頭の中で想像してたものがその時、本当に作れた。」
奈良さん
「それで、その後台湾の展示(『FIction Love』展)を頼まれていたんだけど、
満足なものを出せないくらいなら自分では断るつもりでいたんだけど、
豊嶋君とチンタオビールを飲みながら、「台湾の展示で小屋を作ったら……」
ってなって、二人で7万円のパックの飛行機で台北に行って、
(小屋を作る)現地の廃材屋さんを回って、
その時サポートしてくれる現地のボランティアの人達がいて、
『Taipei Summer House』が出来たんだけど、その時。
『AtoZ』ができるんじゃないかという気がした。」
奈良さん
「それでついこの間、ソウルで台北の二倍の、7メートルの高さの、
今度は家を作って、自分でも見に行ったら、
500人の人が建物を取り囲むようにいるんですよ。
その展覧会は8万5千人が来たんです。
(7メートルの家を作るなんて、)最初できるはずがないってそこの
偉い人に言われてたけど、大体偉い人っていうのはそう言うんだけど、
それができた。」
奈良さん
「人と関わるのがイヤだなあと昔の自分は思っていて、
一人でがんばってればいいじゃないかと思っていたんだけど。
『S,M,L』展(大阪 graf media gm 2003年)の時に
みんなでビールが飲みたいために
一生懸命働いて、酔っぱらった状態で
『S,M,L』があったら、『C』もあっていいんじゃないか、
『z』があってもいいんじゃないかってなって、『AtoZ』につながっていった
んだよね。」
奈良さん
「今までの中にいた自分で、人と関わりたい自分と
関わるのが面倒な自分がいて、その時みんなで関わりたいって思った。
普通の美術館だと職員の人は五時になったら帰っちゃうから、
本気の自分とそうでない人……。なんだか僕はそこに温度差を感じていて、
本気じゃない人を横目で見ることに矛盾を感じていて
だけどボランティアだと、やりたい人がやる、やりたくない人は来ない。」
奈良さん
「実際、自分の力だけじゃできなかったことで。
(2002年は)皆の力でできたんだなって。
それをすぐにはわからなくって、
一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎして、あれは凄かったな!……って。」
ああ、これが双子の人と関わりたい奈良さんと、
人と関わるのが面倒くさいと思っていたもう片方の奈良さんか……!
奈良さん
「それで、今やってる展示(横浜トリエンナーレ)
では奈良美智+grafで出品してくれって頼まれて、
僕たちは家並みを作ったんだけど……なんて言っちゃったんだっけ?」
豊嶋さん
「手ならし……。」
奈良さん
「手ならし……小手調べ……そう、小手調べって言っちゃったんだよね……!
『AtoZ』に比べたら、他の人達は業者の人に壁とか造ってもらってたけど、
僕等だけは、僕等だけでつくった。……こういうの、伝わるかどうかわかんないけど。」
『AtoZ』展では横浜トリエンナーレでの作品のように、
建物から見える景色も作品のうちに含まれる、そんな展示にすると
奈良さんは言っていた。
横浜トリエンナーレの壁の落書きは、
オープニングを迎えても三日間作業を続けた奈良さん達が、
夜中に完成してつい、落書きしちゃったのだそうだ。
それで、落書きは安易な発想だけどこの発想には
ソウルのお店で見た伝統的な落書き(真っ黒になるまで描いて行くと今度は
修正液で描くヤツが出てくる。(笑)そうすると今度は真っ白になっていって、
また真っ黒になっていく…)という思いが含まれている。
安易な発想というのは誰しもが考えることで参加しやすい。
安易な発想が叶うっていうのは、すごいことだと思うと
奈良さんは言っていた。
豊嶋さん
「『AtoZ』では15から20ぐらいの小屋とか箱状の物、
それを全て組み立てる……来年は恐らく、新作もある。」
奈良さん
「(アルファベットの)26じゃ収まらないんじゃないかと。
規模をどんどん上げながら、(友情出品で)ヤノベケンジ君とかにも
参加してもらおう。」
豊嶋さん
「僕もそうだし、みんなもそうだと思うんだけど、
アートだけあればという生き方をしていないと思う。
音楽の影響を受けたりとか、食べ物のこととか。
(AtoZでは)2002年、2004年の展示とはまた違った雰囲気の
ものになると思う。
僕達は現場主義だから。
その場所で考えることが大事だと思っています。」
奈良さん
「来年春から、僕もここで絵を描いてみたいと思ってます。
どんなものが生まれるか……でも、せっぱ詰まった時に
制作と広報を選ぶとしたら、僕等は制作に没頭したいし、
してしまうと思う。」
この台詞を聞いて、奈良さんが今回「広報」というものまで
意識していることを感じた。
奈良さんは制作だけ出来ればいいという人で、
広報は絶対苦手だったと思うが、
それほどまでに
今回の『AtoZ』展には本気ということだ。
知らない人に知ってもらわねば、
展覧会がいくら素晴らしくても見に来てもらうことはできない。
広報は重要なのである。
奈良さん
「この展覧会が、関わった人がみんなで作り上げる最後のような。
いつも展示が終わると二、三日寝込むんだけど、
もう十日から一ヶ月間寝込むような……それくらい、
燃え尽きるくらいの思いでいるから、
観に来た人もそういう思いを感じてくれるんじゃないか……。」
奈良さん
「煉瓦倉庫ともっとコミュニケーションしたい。
……シジミ貝が最も好む場所は海水と淡水が入り交じった場所っていうか……。」
僕はこれでわかるんだけど……。
シジミ貝!?
豊嶋さん
「ようするに、いくら作品を作ってもそれを観る人がいないといけない。
街には人が歩いていないといけない……ってことだよね?」
海水と淡水が混じり合う場所。
そこにシジミ貝は集まっていく。
海水と淡水が混じり合う場所に流れる水に
シジミ貝は心地よく。
そこにずっと居たくなってしまうのだろう。
私たちにとって海水と淡水の混じり合うような
そんな空気を感じる場所は、
奈良美智とgrafが生み出すなんともいえない
空気なのではなかろうか?
ただひたすらに空気が滲んでくる。
その場所を奇跡的に……そして
作り上げるという目的を持って、
その場所に思いを寄せたボランティアとともに作り上げていく。
出来た場所には心地よい空気が流れているはずだ。
2006年の『AtoZ』の空気は、
早くも奈良さんと豊嶋さんの頭の中から
漏れ出しそうになっていた。