青森県美での村上隆さんのギャラリートークを聞いてきたYO!
聞き取りきれていないところも
多々あると思いますが、
当日の雰囲気が伝わればいいなと思っています。
村上さんはウルトラマンの生みの親である成田亨について、
「芸術家は人生において理不尽な困苦を受け続けている」とおっしゃったのが印象的でした。
成田亨は生まれて1歳で炭火を掴んでしまい、左手が使えなくなるという困苦から芸術家としての人生が始まっています。陶芸や美食家で知られる北大路魯山人は出生の時点で不義の子として生まれ、そのことで父親が切腹自殺……。里子に出され、3歳くらいから奉公人として働いていたって……
出生の時点の困苦がすごすぎ。
村上隆に言わせると、芸術家の人生は、
困苦→挫折→不幸→芸が身を助けないか?→会に出展→受賞→独立→評価→覚醒→一般社会との乖離→孤独→死→遺族→再評価
という風に表せるそうです☆
芸術家は、芸術家であるが故に、
評価を受けると覚醒しちゃって、もっと芸術をしてしまうから、
一般社会と乖離してしまうんだって。
そして孤独が訪れ、やがて死ぬ。
村上さんは今、この12段階のうちでは今、「一般社会との乖離」の
シーンにいると言って会場を沸かせました。
芸大生だった時にディズニーランドの美術のアルバイトをしていた
村上さんは、そこで成田亨に出会っています。
ディズニーの偉い人に成田さんはいつも怒られていて、
(日本の気候と湿度だと岩の感じが嘘っぽく見えると言って、
指示通りに色を塗らなかったらしい)
村上さんに「俺みたいになっちゃいけないよ。芸術家は、芸術をやらなきゃ」と語ったそうです。その時、村上さんは成田さんがあのウルトラマンのデザインをした人だとは気づかなかったのですが、後にデザインの人の写真を観た時に「あの成田さんだ!」と気付いたのですって。
「しかし、彼の偉業は多くの作家に影響を与えている」
そう、ご存知の通り
ウルトラマンは人々の記憶にしっかりと残ったんです。
ウルトラマンの影響を受けた作家は本当に多い。
よく聞くのが、『新世紀エヴァンゲリオン』は
「ウルトラマンにロボットのきぐるみを着せたんですね」と言われるまで
庵野監督自身も気付かずに影響を受けていたこと。
その時代のウルトラマンや水木しげるのキャラクターから影響を受けた村上さんが、ヴェルサイユ宮殿で作品展を行った時の様子も、やっぱり鬼才なんだなあ~って思いました。
「村上さん自身の困苦って何ですか?」とドグ子が聞くと、「僕はというと、こんなに嫌われている作家もいないと思います。日本国内では生きづらくあります。困苦を受けていないのが、自分の弱点だと思います」と、丁寧にお話してくれました☆
今回、村上隆さんの話し方、進め方、映像の見せ方のうまさに
「やっぱりトップレベルの芸術家って違うなあ~」と思いました。
さすが、700人ものアーティスト雇える人です。
村上隆さんは、思ってた以上に面白かったDESU☆
当日、行けませんでしたので、記事、ありがとうございます。
記事中にある、エヴァンゲリヲンの件ですが、巨大な物が暴れる、という点では、正に特撮、正にウルトラマンかも知れませんが、あれは、どちらかというと「ナウシカ」の巨神兵で、設定自体も巨神兵にいたる過程、という感じです。
出動シーンが似ているのは、偶然似ているのではなくて、庵野監督のウルトラへのオマージュでしょ。ネルフ自体が謎の円盤UFOとウルトラ警備隊のイメージです。
ケータイの着信音を科特隊と同じものを使うなど、遊びの面でも、ウルトラが随所に入っているくらい、ウルトラへの愛に満ちた作品ですね〜。
ディズニーランドのことは初めて聞いたですが、あれは、確か東宝の美術が関わっていたそうなので、関係ありですね。
確かにウソっぽいあの岩が、成田感覚でリアルになったのを見てみたかったですね〜
コメントありがとうございます!
巨神兵のお話ありがとうございます。
巨神兵が暴れるところとウルトラマンを重ねたことは
なかったので新鮮でした。