31. ぼろぼろの嫁とBORO
生まれながらにしてか、どうにも貧乏性が直らない私は、夫にこんな風によく言われます。
「なんでうちの嫁はこんなにぼろぼろなんだ?」
と。ぼ……ぼろぼろ?
仮にも自分の嫁に向かって、ぼろぼろはないのではなかろうか? しかし、よく考えてみると、普段私が何気なく着ているセーターが、もう10年以上も前からのもの。しかも、1900円で買ったズボンに穴が空き、お花のアップリケをして過ごしている始末。
小心者のせいで服が買えないのか、貧乏性のせいで服が買えないのかわかりませんが、1900円以上の服が恐くて買えないのです。
しかしですね。夫に「ぼろぼろ」と言われてしまったからには、私にも考えがあります。
吹っ切れた私は真っ直ぐ地元のユニクロに行き、トップスと呼ばれる服を2万円分買いました。そう、トップスばかりを2万円分。気付かなかったのですが私は一切、ボトムスというものを買っていなかったんですね。
「まあ、いいや……しばらくズボンにアップリケでいこう。ペンキの付いた服は今度のペンキ塗り用に……」
って、まだ捨てらんないのかい!
嫁に来てからはや2年……。常にぼろぼろのまま過ごしてきてしまいましたが。2万円もの新品を買ったのですもの。これでもう、文句は言われないはずでしょう。
そう思って夫に言うと、夫はこう答えたのでした。
「お前のは、魂がぼろいんだはんで、上さ何着ても変わらねんだ?」
何を着ていても、魂の形は、変わらない……?
よく考えたら、人をぼろだとか何とか言ってる夫は普段、パジャマしか着ていないのです。そのパジャマは股の所に、バッチャが「つぎ」を当てているのに。しかし何故か夫は、つぎあてパジャマを着ているのに、落ち着いた風格があるのです。
「モノには人のこころが投影される」とは、先日発売された、田中忠三郎さんの『BORO つぎ、はぎ、いかす。青森のぼろ布文化』(アスペクト刊)の中の言葉。
青森県では寒くて木綿が育たず、明治の中頃まで麻の衣類を着ていたのだそうです。あらゆる布が貴重だった時代。寒さをしのぐために東北の女性達は、家族を思って布を慈しみ、一枚の麻の服にわずかに手に入った木綿の糸で、丁寧に刺し子を刺して、つぎをあて、布を長持ちさせるために寒さの中にあっても、その手仕事を惜しまなかったそうです。
今、その東北の貧しい農家のぼろ着が、アメリカやイタリアなどの欧米諸国でBOROとして注目され、テキスタイルアート(布の芸術)としてその手仕事の美しさが評価されているそうなのです。
本の中にはたくさんの、つぎあてだらけのぼろが並びます。紹介されるぼろは、青森市に住む民俗学者の田中忠三郎さんが、貧しい農山漁村を回り、40年かけて収集したものです。
彼の集めた衣類の中には、かつて黒澤明監督の映画「夢」に使われたほど、美しく、迫力のあるもの達があります。大切に使われていた布、手間を惜しまず刺された一面の菱刺しの刺繍。それは、農家の女性が少しでも美しくありたいという思いから刺し綴ったものでした。
この本を読んでいると、自然と穴の空いた靴下を繕いたくなります。読んでいる指先に、影響の出る本なのです。私はついつい、手芸の本はぼろの繕い本ばかりを買ってしまいます。
自分ちのシーツもつぎだらけ。だけどやっぱり、修繕というのは心の修繕なんだなあと……、思ってしまうのです。