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原始感覚美術祭 開催中!

2011年に青森県の事業として外ヶ浜町蟹田に造った、直径50メートル×45メートルの蟹田ストーンサークルがgoogle earth で見ることが出来ました! googleさん、すごいなあ~! 青森県東津軽郡外ヶ浜町字蟹田大平沢辺34-3 大山ふるさと資料館 で探すと出てきます!
 
このストーンサークルを造ってから、アーティストの杉原信幸くんは韓国、粟島、長野県木崎湖畔と、ストーンサークルを作り続けています。
 
あの時は震災の後で、県内最古の縄文遺跡で一体、何をやったらいいのか本当にわからなかったのですが、夏の終わりが近づく頃に、「そうだ、ストーンサークルだ!」と思い、ストーンサークルが作れる人を探しに、長野県で開かれている原始感覚美術祭へと飛んだのでした。
 
祈りのための行為であり、行為としての祈りというものがストーンサークルを作ること、石を運び、並べることにあるのではないか? と思ったんです。石を環状に並べることで、その土地の力を強めようという気持ちもあったんです。ここのストーンサークルに出かけると、太陽がとても近くにいるように感じます。
 
縄文のイベントには三内丸山縄文大祭、小牧野遠足、外ヶ浜町で開催したストーン・サークルフェスティバルと三年間関わり、ラストの小牧野劇場で完全に、縄文人が太陽信仰をしていたように、自分の神様が太陽になったのを感じたのでした。
 
今、イベントプロデュースの仕事はもうやめてしまったのですが、あの仕事をしていたから、太陽がすごく身近に感じられるようになったのだと思うのです。
長野の原始感覚美術祭は、2014年9月7日までやっていますので、縄文が好きな方はぜひ、訪れてみてください。
 

JOMON FAN 縄文エッセイ更新!

JOMON FANで連載している「あそこのおかあさん縄文人だから」

連載70回を迎えました!!

読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます!

 

最近、縄文のトークを頼まれることが多くなりまして、

一体、何故……? と思っていたら、知らぬ間に縄文スキルがエライこと溜まっていたのが

自分のプロフィールを見てわかりました。

ああ~。こりゃ、縄文の仕事も来るはずだわ~って。

 

山田スイッチの2014年版のプロフィール、見てやってください。(^O^)

 

 

山田スイッチ プロフィール 2014
 
 青森県在住コラムニスト。弘前学院大学英文科卒業。
 2000年にお笑いコンビ「しあわせスイッチ」を結成し、翌年解散 2001年11月ぴあコラム大賞を受賞。
一年間weeklyぴあにてコラムを連載し、2003年処女単行本「しあわせスイッチ」(ぴあ出版)を発刊。
主な著書に「しあわせ道場」「トーキョー放浪記」(共に光文社知恵の森文庫)、「ブラジルスイッチ」(ぴあ出版)がある。
 
2007年、4月より読売新聞青森県版で「山田スイッチのTHE・青森暮らし」連載開始。(現在連載270回)
2008年5月、作家・田口ランディさんと「縄文友の会」を結成。会の副会長を務める。
8月、自宅の庭に竪穴式住居を建てる。
10月、青森県の縄文関連情報総合サイト JOMON FANで「あそこのおかあさん縄文人だから」を連載開始。
 
2009年10月 三内丸山縄文大祭の総合プロデュースを務める。
2010年 たまひよこっこクラブにて山田スイッチの縄文式子育てを連載。(2011年4月号まで)
2011年5月「私の3・11」(毎日新聞社)に寄稿する。
陸奥新報紙にて毎週木曜日に「エコハンター」というエコロジー・エッセイを連載中(現在連載130回を超えました)。
 
2013年4月同居する夫の祖母についてのエッセイ集「うちのバッチャ」(山田スイッチ社)を刊行する。
男児二人の母。
 
うっかりとボンヤリの塊ですが、どうにか生きている今日この頃です。
今日、ヨーカドーに財布と携帯とカバンを持たずに出かけてしまいました。。。
何をしにいったのでしょうか? 私は……。
 

[うちのバッチャ] 20. 霊こと呼び出すんであればよ

20. 霊こと呼び出すんであればよ
 
 夏。お盆の季節がやってくると、バッチャは恐山へと出かけていきます。バッチャはしょっちゅうあちらこちらへと出かけてゆくのです。我が家では女ばかりがあちこちに移動して、家で待つのは男ばかり。
「待っている人がいるから、帰る場所がある」とはよく言いますが、我が家の「待っている人」は、大概おじいちゃんかケンさんなのです。
 恐山参詣を毎年欠かさないおばあちゃんに、
「恐山に行って、一体、何をするんですか?」
 と聞いたところ、
「供養!」
 と。誠に簡潔な答えが返ってきたのでした。
「おばあちゃんの両親っきゃもう、死んで50年も経ってるはんで、供養だっきゃいらねんだばってよ。この辺の村で死んだ人いるっきゃ? んだから供養さいかねばマネんた気がするんだー」
 バッチャは自分の先祖のためではなく、村で死んだ、あらゆる人の供養をしていることがわかったのでした。
 実を言うと、昨年の冬に親戚で不幸がありまして。七十歳になる嫁に先立たれた親戚の「四谷のおじいちゃん」が、どうしてもイタコに亡くなったおばあちゃんを呼び出して欲しいと、騒ぎ出したことがありました。
 恐山では年に一度「恐山大祭」といものがあります。大祭では7月頃に青森県むつ市の霊場・恐山にイタコが集まり、死んだ人の霊を呼び出す「口寄せ」をしてくれるのです。
 四谷のおじいちゃんがおばあちゃんの霊を呼び出そうとしたその年は、三月に東日本大震災があったため、全国からイタコに口寄せをしてほしいという人たちが集まり、恐山が「混んで混んで、毎年霊こと呼び出してもらってる人もなんも、呼んでもらえねかった」そうです。四谷のおじいちゃんは恐山まで行って、イタコの行列の長さに驚き、あきらめて帰ってきたのでした。
 大祭がない時には霊場に行っても、イタコがいないこともあるそうなので、恐山に行く時にはむつ市役所に恐山大祭の時期を聞くなどしてから、出かけた方がよいと思います。
 バッチャ達は恐山に行く時、朝早くから近所のジッチャが運転するワゴン車に乗って、村の人達と乗り合いで出かけ、夜遅くに日帰りで帰ってきます。
 恐山に行く途中は急カーブの連続で、しかもそのカーブごとに何故か、赤い前掛けをしたお地蔵様が立っていて……、何やら赤い布が木にぶら下がっていたりするので、霊場恐山はたどり着く前に死なないように、気をつけなければいけません。
 十年ほど前に恐山に行った時、宇曽利湖という生き物の姿がほとんど見られない、強酸性のこの世のものとは思えない透明な湖の前で私は、アシナガバチに襲われていました……。
 さすが恐山としか、言いようのない出来事でした。
 バッチャに「おばあちゃんには、イタコの知り合いはいないんですか?」と聞いたところ、
「いるよ。」と即答で答えられて、驚きました。
「いるんだばって、あの人はちょっと、丁寧でねんだよなあ…。やっぱり、霊こと呼び出すんであれば、もっと丁寧な人がいいと思うんだー。」
 と、そのイタコの人が同じ村の中にいることを語ったのでした。しかも、そんなに丁寧なイタコではないということもわかってしまったのでした……。
 村では誰かが死ぬと、バッチャ達が鐘を鳴らしながら、墓までの道をノスタルジー漂う唄を歌い、歩いていきます。その光景を見ると、つげ義春先生の漫画の世界にタイムスリップしたような感覚に陥ります。
 哀愁漂う不思議な光景に、「ああ、誰か死んだんだなあ…」と思うのです。その列に並んでいるのはみんなバッチャ達です。それを見ていると、人はいつバッチャになり、その列に加わって歩くのだろう? と思ってしまいます。
 私もあと30年もしたら、葬儀の唄を唄うバッチャとして、列に加えてもらえるかもしれません。その時何が起こるのか……歌唱指導のようなことがあるのか、誰にも知られずに公民館などで練習したりするのか、はたまた完全に口伝で伝えられていて、葬儀の際にしか唄は習えないものなのか……。その謎が解ける日が、待ち遠しいです。
 
 

青森県の最強バッチャが繰り広げる、愉快で楽しい村のお年寄り情報満載エッセイ集!   

これを読んだら即・元気!!

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猿賀大祭の空

昨日は青森県平川市の猿賀神社で、獅子踊り大会が開かれて獅子を観に行ってきました。

神社では朝から晩まで獅子踊りのお囃子が響き、この世のものとは思えないような獅子が舞います。

この獅子を現実に見えるものとして作った津軽の人の感性は素晴らしい。

これこそが大地の精霊だと思うんだよね。

獅子の写真、激しすぎて撮れなかったんだけどね。(笑)

日中の岩木山。

本当に美しい形をしている。

よく、小さい頃は寝ている女性の横顔に見えると聞いて、

長い髪の女性が横たわっている姿に重ねて見ていた。

岩木山は女性だと思う。

先日、岩木山の中の巌鬼山神社で東京から来てくれたお友達の松岡美紀ちゃんが撮ってくれた写真。

雨の日の巌鬼山はご神気がすごい。雨の一粒一粒が降ってくるのを見ていた。

見ているだけで幸福な時間でした。

夕方になって、空の造形はシャガールの絵のように渦巻き、たくさんの情報を湛えて喜びが溢れかえりそうになる。

これほど美しい空もない……と、いつも思う。

お祭りに夕暮れが訪れる。

猿賀神社では本日(19日)はカラオケ大会。(笑)

そして、20日の夕刻には八幡崎獅子踊り保存会の十六夜奉納がある。

十六夜奉納は、なんだか身震いするほどグッ……と来るものがあるのです。

獅子踊りは津軽に住んでて良かったと思える、際だったご神事であり、

村の人達が全員、笛や鉦、太鼓でミュージシャンに変身し、

誰もが踊ってそのエネルギーを空へと届ける祭なのです。

 

 

山田スイッチについて

 

山田スイッチ - 青森県在住コラムニスト。男児二人の母。

近年起こったこと。

2000年お笑いコンビ「しあわせスイッチ」結成 翌年解散

2001年11月ぴあコラム大賞受賞 約一年間weeklyぴあにてコラムを連載 

2003年処女単行本「しあわせスイッチ」を発刊 ケンさんと結婚 光文社知恵の森文庫より「しあわせ道場」を発刊 

2004年6月 ブラジルでサンマを売り歩く。

2004年「ブラジルスイッチ」 帰国後に妊娠。

2005年、長男(師匠)を出産。陸奥新報紙にて「山田スイッチの育児日記」を連載開始。

7月、知恵の森文庫より「トーキョー放浪記」を発刊。

出版記念パーティとして50名限定イベント「皿割り大会」を開催する。

2006年、育児に振り回される。

2007年、厄年に見舞われる。「あたしの存在全てが憎い?」「厄年最前線」。

4月、読売新聞青森県版で「山田スイッチのTHE・青森暮らし」連載開始。

2008年5月、作家・田口ランディさんと「縄文友の会」を結成。

7月舞踏家・雪雄子氏のバックダンサーとして金粉ショーに出演。

8月、自宅の庭に竪穴式住居を建てる。

同8月、竪穴式住居完成と共に妊娠発覚。

10月、青森県の縄文関連情報総合サイト JOMON FANで「あそこのおかあさん縄文人だから」連載。

翌年2月に次男を出産。

2009年秋 10月18日開催の三内丸山縄文大祭では、総合プロデュースを務める。

2010年 たまひよこっこクラブにて山田スイッチの縄文式子育てを連載。

(2011年4月号まで)2011年5月「私の3・11」(毎日新聞社)に寄稿する。齢35になりましたじゃ。

 

最近の活動とか

 

新聞等にコラム・イラストを掲載しています。

青森県内では小中学校・社会人向けの講演活動をしています。

お申込みは、お問い合わせフォームからご連絡ください。

 

連載とか

 

・読売新聞青森県版 / 「THE青森暮らし」

陸奥新報  / 「育児日記」連載終了

         「エコハンター」連載終了

         「魔法の百均」

・縄文ファン / 「あそこのお母さん縄文人だから