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震災から6年。今年は何をする?

「あの時、ああして良かったなあ」って、
大人になってからは、いつも思うんだよね。
後悔することって、本当にない。
だって後悔するって、暇な証拠。
 
人生を前向きに生きていくには、後悔なんて、している暇はないんだよね。
2013年と2014年の夏、福島の川内村に行って私は、本当に大切な人たちに会った。
その後も、どんどん大切な人たちに会ってる。
なんて人生なんだ……と思う。
 
私は全部、予感で動いていて意味なんて考えないんだけど
神様、こんなにたくさんのプレゼントを贈ってもらって
本当にありがとうございますと、
いつも思っている。
 
今年の3・11は新宿の経王寺で開かれる
東京慰霊祭 アノニマス・エイドに参加します☆
午後の1時から夜9時までドグドグしているので、
お暇な方はぜひ、遊びにいらしてくださいね☆
 
東京慰霊祭~アノニマス・エイド~
2017年3月11日(土)
◎昼の部13時00分から
◎夜の部18時30分から
東京都新宿区経王寺本堂にて
http://www.kyoouji.gr.jp/about/access.html
どなたでも自由な時間に参加できます
入場無料・予約不要
 

良いスマホ育児。

スマホ育児に悩む友達の日記を読んでいたら、

良いスマホ育児というものを思いついたドグ!!



①まずスマホをテレビ台に隠す。

②お母さんスマホは~? って子供が聞いてきたら、「戸棚の中だよ」と答える。

③戸棚を開けると「スマホはれいぞうこの「い」のつくものの下に隠れているという紙が出てくる。

④子供が冷蔵庫の中のイカとか、いちごなどの食材を探していると、イチジクの下からまたメモが出てくる。



⑤「よくぞここまでたどり着いた! ゆうしゃ達よ。しかし、まだまだスマホは闇のなかである。ヒントは音の出るはこの下だ! と書いてある。ついしん プリンを一つだけたべてもいいぞ!

⑥音の出る箱なんて、わかんないよー! と子供が言ったら、追加ヒントを出してあげる。

「ついかヒント。テレビです。」



⑦子供が慌ててプリンを食べながらテレビ台に行く。

⑧ スマホついに発見!!!!!!!!

⑨ スマホゲームに興じる。

⑩ 15分後にタイマーが鳴るようにしかける

⑪ 「大変! このスマホ、あと20秒で爆発するって!! どうする? どうする?」



⑫ 爆発するスマホをイメージして、親子で対策を練る。

⑬ ここで子供が「水につけちゃえばいいんじゃない?」と言ったら大急ぎで否定する。

⑭ 「もっといい方法を考えて!!」

⑮ 「神様……おねがいです! スマホで遊ばせてください……!」



⑯ 神のコスプレで現れる。※子供がプリキュアに祈った場合は、プリキュアのコスプレをする必要がある。

⑰ 「ふっふっふ。良い子の君、私は神だ。なわとびを50回跳んだらスマホをやらせてあげよう」



⑱なわとびを50回跳んだ子供が、疲れて寝る。



⑲起きるまでに新しい隠し場所に隠し、新たなメッセージを添える。

⑳子供が起きる。「おかーさん、スマホどこ~?」



①に戻る。

 

自分を犠牲に、とはどういう意味か。

エジプトカード占いの「飾り止め」のカードの意味は、

「犠牲を伴った成長」という意味で、

成長には犠牲がつきもの。自分を犠牲にして人のために尽くしている人は

必ず救われる

 

という意味があるんだドグけど、

この「自分を犠牲に」の意味というのが、

なかなか捉えどころがなく、難しいんだドグ。

 

その人にとって、何が楽なのかを考えないと、

その人にとって犠牲になることが何なのか、わからないからなんだドグ。

 

占い手は、ただカードの意味を言うだけで、

その「犠牲を伴った成長」の中身は、占われた人自身の中から

生まれなければならない。

その人の心に当たらなければならないんだドグけど、

本人が何に甘え、何の犠牲を払ってこなかったかを理解しなければ、

正しい犠牲は払われないし、正しい対処は行われないんだドグ。

 

ずっとストレスの強い職場で働いている友人は、

自分を犠牲にして働いているように見えていたんだドグけど、

もしも辞めることが一番その人にとって苦しいことならば、

辞めないことはむしろ楽な道なんだドグね。

 

楽な道を歩んでいる限り、犠牲を伴った成長は得られず、飾り止めのカードのカギとなる

「人生において大きい意味を持つ人物・出来事」には

出会えないんだドグ。

 

これを、私自身がその「犠牲を伴った成長」を今まで避けてきたのだ、

ということに初めて気付き、

自分の甘さ、本当のことに気付けない愚かさを知って、

生きなおさなければと思ったところなんだドグ。

 

私自身の甘さというのは、

悩める友達を心配して、それを言い訳にして、

自分がやらなければいけない仕事も、エクササイズも、

見舞わなければならない実家の祖母のことも、

全てを後回しにして、享楽に浸っていたことなんだドグ。

 

本当は何をしなければならないかなんて、

ずっと頭の中にランプが点灯するようにわかっていたはずなのに。

全部、目の前に起こる事象にかまけて、

果たさなかった。

 

でも、物事はすべて、必要があって起こるから。

これに気付いてしまったのならば、やるべきことを果たさなければならないって

ようやく気付いたんだドグ。

やるべきことに気付かぬふりをしていると、神様はどんどん、ひどいことをしてくる。

それは、私が一番最初の職業に就いた時に、

やるべきことを放って就いた職業で、身体をぶっ壊して骨身に染みてわかっていたことだった

はずドグ。

 

何から目を背けて、どんな成長を果たしてこなかったのか。

人のせいにして、自分がやらなかったことは何なのか。

今こそ、目を見開いてしっかり、やっていかなければならないんだドグ。

 

行くのが怖かったホームにようやく出掛けると、

ボケたといわれた祖母は、私を発見すると満面の笑みで。

涙をたたえながら迎えてくれて、全然ボケてなんかいなかった。

それよりも、限りない愛情で私を包んでくれた。

 

どうして、今までちゃんとここに

来なかったのか。

いうなら、

本当のことに触れるのが怖かったからなんだドグ。

 

でも、本当のことは、私の予想なんか遥かに超えて、

優しく、素晴らしく、愛情に満ちていたんだドグ。。。

 

祖母の見舞いに、行けて良かった。

これに気付くきっかけとなった、「飾り止め」のカードに

深く感謝して今日は眠りたいドグ……。

 

なんか、薄々感づいた。

男子って、追いかけると逃げるじゃない?
男子に限らず女子でも。
好きって言ったとたんに興味を失うというか。
その仕組みが今日、わかった気がするんだドグーーー!!

昨日「テーマが違う」って日記を書いてから後に
「年代ごとにテーマが違うってのもあるのかもしれない」
って思ったんだドグ~。

すごく興味があって必死なって手に入れようとしてる
時にはどうやっても手に入らなくて、
挫折して何年も経って、どうでもよくなった頃に
手に入るってことが、
ドグ子の人生にはありすぎるぐらいにあるドグ……。

欲求が高まってマックスの時に
「ハイ!」ってプレゼントされたら一番嬉しいのにね。

ひょっとすると、その欲求が高まってる時というのは、
ひどく「空回りしやすい状態」なのではないか? と
後になって思うんだドグ。。。

神様って、意地悪ドグ~。(*´Д`)

 

どこまでが運命?

今、異例中の異例と言われる聖人の


聖テレジア(テレーズ)の自伝を読んでいるんだドグけど、





キリスト教でも仏教でもアプローチがすごいなって


思うのは、





すっごいたくさんの人が普通に死ぬところドグ。





里中満智子先生の描いた「ブッダをめぐる人々」


の中でも、


生まれた子供がすぐ栄養失調で死んじゃって


死体を燃やすお金もないキサー・ゴータミー


(痩せたゴータミ―というあだ名)が





死体置き場に赤ちゃんを置きに行って


もう一回赤ちゃんにお別れを言ってくる……! と


思ったら、


野犬に食われてたという





衝撃的な一コマから始まるんだドグ。





で、聖テレーズの親はしょっちゅう妊娠していて


しょっちゅう子ども生んでるんだドグけど、


けっこう病弱で次々に死ぬんだドグ。





この子も死んだ、あの子も死んだ、


辛いと思っていたら今度は6歳まで育った子が死んだ。






しょっぱなからこんな「人、めっちゃ普通に死ぬ」原理を聞かされてくると、


「意味はわからないが神の思し召しなのだろう」





という考え方もあり得る気がしてくるんだドグ。





そう。敬虔なキリスト教徒はどんなに納得がいかないことが


起こっても、


「神様がお望みになった」の一言で納得してしまえるんだドグ。






この世の中には納得できないことがたくさんあるはずなのに、


全ては神の思し召し。望まれるがままに


と考えて生きることは、


完全なる運命論を生きることだと思うんだドグ。





「なぜ私の子が? と考えるなんて、せんなきこと」





そう言ってしまえる人しか


「今を生きる」の境地にはたどり着けないんだドグ。





振られて悲しいのも、子どもが死んで悲しいのも、


病気になって辛く「なぜ、私が?」と思うのも、頭が過去にいる証拠になってしまうドグ。





今を生きる人は、「しょうがないじゃん。次!」


と言って過去から現在へ楽に行ってしまうドグ。


すべてが運命で決まっているならば


ただ今を生きるよりほかがないんだドグ。





でも、生まれた時から「将来何になるの? 何歳までにやるの?」


と聞かれ続ける現代の子に、


運命論を受け入れるのは非常に難しいことだと思うドグ





「そう、運命は努力で変えられる!」





と、常に信じ込まされているからドグ。





「19歳までにアイドルデビューして途中方向転換して


24歳で女優に、その後ニュースキャスターを経て


政界に40歳でデビュー」






とか、なれなかった時に焦らずいる準備ができないじゃないドグか。


運命は努力で変えられるって信じ込まされているんじゃ。


やなせたかし先生はアンパンマンを絵本にしても、


「こんな辛気臭い本、もう書かないでください」と言われ続けたんだドグ。





でも、あるテレビディレクターが保育園で一番ボロボロになるまで読み込まれていたアンパンマンに目を止めて、アニメ化の話を持ち込み、


アニメにされ、ようやくアンパンマンが日の目を見たんだドグ。


その時、やなせたかし先生はもう70歳近くになっていたんだドグ。





でも、





70歳から輝くことが運命で決まっているのなら、


40歳が普通なのも運命で決まってるし、


30歳で焦ることも運命で決まっているはずドグ。






だったら、焦る必要って何一つないんじゃないか? って


思うドグ。





今月は、思いもしなかったことばかり起こる月なんだドグけど、


どれも運命なので、受け入れていこうと思うドグ~!