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世界の色を変えるのは自分なんだドグか?

世界の色を変えるのは自分なんだドグか?
真夜中の思いつきメモドグ~。

スピリチュアルな世界観では、
意識を変えれば世界が変わるということを
よく言われるんだドグけども
その意識で見ている世界をピンクとか、灰色と呼ぶとすると、自分がピンクだと思えば世界はピンクに変わるのだろうか?

ということを夜中に、なんか思ったんだドグね。

仏教の世界観だと、自分を他人のように観ることや、完全に諸行無常を受け入れることで

「何色でも気にならない。むしろ気にしてたのはいらん期待によるものだったから、ただありのままを受け入れてそれが普通だと思って、ひとに優しくしよう。だって、思いやりのある人が好きだから。」

ってなって、その先に

「あ、自分と他人の境目なんてなかったんや! あなたは私であり、私はあなたなんだから、世界と私も一緒だったんや~!」

的な滅私の世界(ワンネス)にたどり着いて「なんか、気持ちいい~!」ってなるんだと思うんだドグ。色で言うと真っ白な世界に溶け込むような。

でもそうなると自分だけの特別な感情とかは、なくなっていくんだドグね。

ピンクだと思えばピンクになるっていうのは、脳の切り替えが働くのかな? と思うドグ。

だって、現実が変わる前に見える世界を変えるんだから。
ドラッグ一つで灰色がピンク色に変わるなら、脳内物質の濃度を変化させることで簡単に見える世界は変わるはずドグ。

ここで、面白いなと思うことが一つあって。
ショックなことが起こればショックを受けると、誰もが信じてるじゃないドグか。
ピンク色の世界が急に灰色に変わる、みたいな。
でも、ショックなことが起こった時に笑う人がいるんだドグ!

それが、わが家のケンさんなんだドグけども。

ショックなことを、「面白い!」と思える感性を持っていれば。あるいは、大変なことが起こった時に、「まあ、あるよね!」と
ショックに溺れるのではなく、普通だと受け止めることができたなら、世界の色は何色にも変えられるのではないか? 

と思ったんだドグ。(*´∇`)

昨日のニュースで

プロポーズをした男性が女性にオーケーをもらい、
嬉しくて調子に乗って、海に落ちて死んだって事件があったじゃないドグか。

これ聞いた時に、なんか笑ってしまったんだドグ。

ひどい土偶だと思われても仕方がないんだドグけど、女性側から見たら、プロポーズされたー! アレ!? 海に落ちた~!
 死んだ~!! 
って、恋人が死んだ~!?
って、わけがわからないじゃないドグか。

プロポーズの時点でその人、薔薇色だったはずなんだドグ。そこからの世界が何色になればいいの?って思うけど、
とりあえず「こいつ、バカだなあ……」って思う余裕はほしいよね。

ショックなことが起こった時に、ショックを受けるのは普通のこと。
そのときに、「こいつ、バカだなあ」と感じることができたなら、

世の中の色は多少、バカを表す黄色に染まるんじゃないかと

思ったんだドグ~!(*´∇`)
 

 

自分を犠牲に、とはどういう意味か。

エジプトカード占いの「飾り止め」のカードの意味は、

「犠牲を伴った成長」という意味で、

成長には犠牲がつきもの。自分を犠牲にして人のために尽くしている人は

必ず救われる

 

という意味があるんだドグけど、

この「自分を犠牲に」の意味というのが、

なかなか捉えどころがなく、難しいんだドグ。

 

その人にとって、何が楽なのかを考えないと、

その人にとって犠牲になることが何なのか、わからないからなんだドグ。

 

占い手は、ただカードの意味を言うだけで、

その「犠牲を伴った成長」の中身は、占われた人自身の中から

生まれなければならない。

その人の心に当たらなければならないんだドグけど、

本人が何に甘え、何の犠牲を払ってこなかったかを理解しなければ、

正しい犠牲は払われないし、正しい対処は行われないんだドグ。

 

ずっとストレスの強い職場で働いている友人は、

自分を犠牲にして働いているように見えていたんだドグけど、

もしも辞めることが一番その人にとって苦しいことならば、

辞めないことはむしろ楽な道なんだドグね。

 

楽な道を歩んでいる限り、犠牲を伴った成長は得られず、飾り止めのカードのカギとなる

「人生において大きい意味を持つ人物・出来事」には

出会えないんだドグ。

 

これを、私自身がその「犠牲を伴った成長」を今まで避けてきたのだ、

ということに初めて気付き、

自分の甘さ、本当のことに気付けない愚かさを知って、

生きなおさなければと思ったところなんだドグ。

 

私自身の甘さというのは、

悩める友達を心配して、それを言い訳にして、

自分がやらなければいけない仕事も、エクササイズも、

見舞わなければならない実家の祖母のことも、

全てを後回しにして、享楽に浸っていたことなんだドグ。

 

本当は何をしなければならないかなんて、

ずっと頭の中にランプが点灯するようにわかっていたはずなのに。

全部、目の前に起こる事象にかまけて、

果たさなかった。

 

でも、物事はすべて、必要があって起こるから。

これに気付いてしまったのならば、やるべきことを果たさなければならないって

ようやく気付いたんだドグ。

やるべきことに気付かぬふりをしていると、神様はどんどん、ひどいことをしてくる。

それは、私が一番最初の職業に就いた時に、

やるべきことを放って就いた職業で、身体をぶっ壊して骨身に染みてわかっていたことだった

はずドグ。

 

何から目を背けて、どんな成長を果たしてこなかったのか。

人のせいにして、自分がやらなかったことは何なのか。

今こそ、目を見開いてしっかり、やっていかなければならないんだドグ。

 

行くのが怖かったホームにようやく出掛けると、

ボケたといわれた祖母は、私を発見すると満面の笑みで。

涙をたたえながら迎えてくれて、全然ボケてなんかいなかった。

それよりも、限りない愛情で私を包んでくれた。

 

どうして、今までちゃんとここに

来なかったのか。

いうなら、

本当のことに触れるのが怖かったからなんだドグ。

 

でも、本当のことは、私の予想なんか遥かに超えて、

優しく、素晴らしく、愛情に満ちていたんだドグ。。。

 

祖母の見舞いに、行けて良かった。

これに気付くきっかけとなった、「飾り止め」のカードに

深く感謝して今日は眠りたいドグ……。

 

自分を振り返る。

去年の今頃はドグ子、一体何をしてたかな?


と思って、自分を振り返ってみたドグ。


すると……!!


 

めっちゃナスの着ぐるみがほしかったドグ子に


 

お友達のカナダライさんがコラ画像をプレゼントしてくれてたドグ!




そしてコチラ!

アシモの着ぐるみがほしかったドグ子に
カナダライさんがコラ画像をプレゼントしてくれてたドグ!!



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に!!


コラ画像では飽き足らなくなったドグ子が、


ナスの着ぐるみを自らAmazonで買って、


ナスの着ぐるみを着た土偶として

弘前城を引っ張っていたドグ!!!!!

 

 


 



いやあ~~~~。


一年って、

短いようで長いドグNE☆☆☆


ドグ~!

しかし、

この時点でドグ子は、翌年シン・ドグコとしてよみがえるとは

思っても見なかったんだドグ……!

 

 

 

世界と自分を分ける方法

傷つくということは、

いつまでも「関係がある」と思うこと

なんだなって思ったんだドグ。


「奇跡の脳」の作者ジル・ボルト・テイラーは、

脳科学者であるのに自分が脳卒中になった時、

脳卒中にかかっていることを認識するのが遅れ、

左脳から出血した際に


「自分と自分以外の世界を分ける機能」を破壊され、


「意識が水のようになって、空間全体に拡がった」


ことを、著書の中で語っているんだドグ。

奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)

自分と自分以外のものを「分ける」機能が脳みそにはあって、(それは方向定位連合野って呼ばれる)

それが作動しているから人は、自分と他人を分けて考えることができるし、空間と自分とを区別することができるんだドグ。


自分の世界というものは、そもそも

自我を通して構築された世界であるから、

そこが壊れちゃった時は、悩みそのものが消えるんだなって

思ったドグ。


世界との一体感を味わったテイラーは、

右脳だけの甘美な世界、水のように意識が外に流れだす感覚を

味わったけど、10年近くの長い年月をかけて、

左脳の機能を取り戻すためのリハビリを行ったんだドグ。



左脳の機能が回復すると、

元の自分、色々なものを分けて考えたがる自分、マイナスな記憶を繰り返し思い出す自分が

現れて、世界全体に愛されている意識というものは消えてしまう

ものらしいんだドグけど、

それでもテイラーは必死の努力で左脳の機能を取り戻し、

その「脳卒中になった世界」を著書にまとめたんだドグ。


それで、ドグ子はどう思うのかというと、

自分の中の、ちっぽけな世界の世界貿易センタービルみたいなものを

破壊されても、実は世界は無数に存在していて、

違う人の脳で物事を見れば、壊れたと思ったものが

実は壊れてなかったりするんだなって思ったんだドグ。


ボンヤリしているドグ子が

ボンヤリを言語化するのってけっこう

難しいんだドグけど、

今日はちょっとだけ言葉にしてみたドグ~☆(^O^)p


ドグドグ~!

 

自分を呪わないために。

占い師としてイベントに呼ばれると、たくさんの人を占うのですが。


人が、「落ち着いている状態」を持っているのを見ると、本当に心から、ホッとするんです。





そういう人は、なんていうか


中心を持っているように見える。


若いとか、年をとっているとかの年齢は関係なく、


ストンとしている人。





そういう人を見ると、落ち着きますね。


そのように、ストンと落ち着くためには、


一体何が必要なのかというと、


自分で自分を愛することが、大切なんじゃないかなあって


思うんです。





間違っちゃいけないのが、この「自分を愛する」というのを


自己愛と混同しないことです。


きちんと、自分で自分を愛することができれば、


人に認めてもらわなくても済む。





「こんなにがんばっているのに、どうしてわかってくれないの?」


「どんなにがんばっても、全然うまくいかない」


というループに入ると、やっぱり辛くてフラフラしちゃうじゃないですか。





そういう時に、占いでその状態を言語化すると、


だいたいの人は落ち着きます。


今、どういう状態で、何をするべきなのか。


エジプトカードはずいぶんと、明確に答えてくれます。


「待ってみて」とか「過去は燃やして」とか、「水のように素直になって」とか


「今は黙って見ていて」とか「うまくいくからガンガン行って」とか「年上の人尊敬して」「頭使ってみて」とか……。


ずいぶん、細かく言ってくるんです。





だいたいの人は、階段を登っている途中にひどく不安になるんです。





2階に着くなり、踊り場に出れば


「ああ、今まで階段を登ってきていたんだ、やっと辿り着いたんだ」


と実感できるのですが、


そうそう踊り場や2階、3階が明確にわかる階段があるわけじゃないので、


登っている途中にどこか、「がんばってもうまくいかない」という、


変な暗示を自分にかけちゃう人がいると思うんです。





そういう時は、ものの見方をガクッと変えてしまえばいいんです。


事象から目を逸らすんじゃないけど、


見方を大きく変える。


ものすごくこだわっている部分を捨ててみるとか。


がんばってもうまくいかない時にこそ、「ずいぶんがんばって、うまくいってる」と


気づいてみせるとか。





がんばってもうまくいってないと言ってる割に、


命があって今日もきちんと生き延びてるよなあ……と


評価してみるとか。


そういうことをしてみると、褒められた自分はもっと


伸び伸びと生きれるようになって、落ち着いてくるんです。

 

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