[うちのバッチャ] 第三章 バッチャと津軽の四季 ーーー 18. ホッケ50匹の大量レシピ

 
第三章 バッチャと津軽の四季
 
18. ホッケ50匹の大量レシピ
 
 青森県では春になると、近所のバッチャ達が物干し竿や軒先にホッケの開いたのを大量に干すようになります。ホッケはなかなかに魚臭いのですが、ホッケが干してある間はホッケの隣に洗濯物を干しています。
 なぜ軒先に開いたホッケを干すのかというと、バッチャ達が家でホッケ寿司を漬けるからなんですね。カチカチに乾いたホッケと刻んだショウガ、にんじん、とうがらし、ざらめとおかゆ、酢としょうゆで漬けられるホッケ寿司は、春に漬けて夏が過ぎた頃に食べる津軽の保存食です。その詳しい漬け方を聞いてみたところ、ホッケを漬けるには都会の一般家庭にはムリがあると思ってしまった次第です。
 昔は青森のどこの家庭でも漬けていたホッケ寿司ですが。材料を聞いた時点で、不穏な空気が流れてきました。
 
「まず、ホッケことカンッカンに干したのとば50匹だな!」
「ご…50匹ですか!」
 50匹って。うちだって一般家庭ですが、若い人に「ホッケを50匹開いて干して漬けれ」と言っても、何の事やらわけがわからないのではないか? と思うのです。ある意味、ホッケを漬ける作業というのは、職人の領域に近いのかもしれません。
 カンッカンに干さなきゃ漬けられぬというホッケは、我が家の軒先に50匹。ガンギッガンギになるまで3~4週間ほど、干されていました。音からもわかるように、ガンギッガンギッというのはカチカチやカンッカンを通り越して、これ以上硬くはならないほど硬い状態を表します。
「あとはにんじん3本と、ショウガは10個ぐらい刻むべ? そしたら大鍋さ、もち米7合とばやわらけく煮て、ざらめ2袋と半分を入れて溶かす。そんでしょうゆ14合、焼酎4合、酢一本、赤唐辛子は3本ぐれえだな。塩2合弱、それさ刻んだにんじんとショウガ入れて液とば作るのよ。そしたら、水にうるかして(漬けて)、ザルさあげて、しだらかしたホッケば樽さ入れて、液とば入れて、ホッケ入れて、液とば入れてって風に、交互に漬けるんだ」
「はあ、ナルホド~」
「だばって、大きいホッケと小せえホッケだば、漬け方違うんだ?」
「ええっ!」
「大きいホッケとば、小せえホッケと同じ量で塩だのなんだの入れれば、漬からねんだねん。んだはんで、ホッケの量とばよく見て、それで調味料も量、変えて漬けるのよ。」
「そ、そうなんですか……。だいたい、今からどれくらい漬けるんですか?」
「んー。秋までだな」
「秋まで!」
「夏に樽こと開ければ、アブが付くべ? んだはんで、秋まで黒いナイロンをかけておくのヨ。そうせば、アブが来ないのヨ」
「白いナイロンだば、ダメなんですか?」
「黒いナイロンでねば、アブが来る!」
 そうして重しにする石は、「とにかく重くねばマネ」のだそうです。まさかホッケの漬け物にこれほどの手間がかかっていようとは。
 
 ところで、バッチャの言っていた言葉を全部わかったかのような顔で聞いていた私ですが、文中「しだらかす」だけは、わかりませんでした。そんなわけで、ジッチャに後日、「しだらかすって、なんですか?」と聞いたところ、ジッチャは眉間に皺を寄せて、相当考えながら言いました。
「あのよ、米とば洗って、ザルさあげるべ? それこと、しだらかすって言うんだばって……」
「ああ、乾かすですか?」
「いや、乾かすでもねんだばって、ん。ザルさあげて……乾かす、だべか……? 違うんた気がすなあ……」
 そういうわけで、ジッチャの話をまとめると「しだらかす」は、「水に浸けて、ザルにあげておくこと」でした。
  
 大震災があった後もバッチャは当たり前のように畑を耕し、軒先にホッケを吊るしていました。何があっても、季節が動いたらその季節にやらなきゃならないことをするバッチャ達は、黙々と仕事をこなします。
 長い冬の後の春は、喜びに溢れています。フキノトウで作った「ばっけ味噌」のおにぎりを食べて、ホッケが軒先に並びだしたら、「ああ、春だなあ。」と思うのです。
 バッチャと、まだ少し若い私との決定的な差。それは、体内時計にあると思うのです。
 若ければなんだか知らないけど、喜びに溢れている……そんなわけはないと思います。
 私の感覚だと、若者は若者であるが故に常に何かに追われ、チリチリと焦っています。時間がたくさんある若者の方が「時間がない」と感じているというのも、不思議な話ですね。同じ春でも若者の感じる春と、バッチャ達の感じている春では少し、違うのかもしれません。
 
 バッチャの朝は4時半に始まり、陽が昇る前に畑で草取りをして、ダシ鍋をかけておいて、朝7時にはダシの効いた美味しいお味噌汁を作って、孫たちを起こすために叫びます。「早くさながー!(早くしなさい)」と。ジッチャも朝にモタモタしていると、すぐにバッチャに叱られます。
 食卓に着くと一瞬で出てくるご飯、みそ汁、漬け物、野菜炒めと昨日の残り物。
「さっさと食べなか!(さっさと食べなさい)」と一喝して、「コップ持ったな? 顔、洗ったな?」とどやしながらひ孫たちが保育園に行くのを見送り、大量の漬け物を朝のうちに漬けてしまうと、ようやく朝の仕事は一段落。
 バッチャ達は畑に座って、春から夏にかけては草取りをします。草はえんえんと生えてきます。抜かれた草は山と積まれて、わらと混ぜられ堆肥になります。私たちの目に見えない世界では、わらや土に棲む何十億という微生物たちが積まれた草を食べてうんこを出し、ただの雑草だったものを畑の栄養へと変えていきます。土から生まれたものはすべて土に還っていきます。そうして増えた微生物たちは堆肥塚で一年を暮らし、次の春に畑に撒かれるのを待つのです。
 
 春は畑で忙しい。
 一日をテレビとパソコンの前だけで暮らしていると、だんだんと気力が減っていくのは気のせいなのでしょうか?
 バッチャ達の底知れぬパワーの源は、気付かぬうちに畑から吸い取っている自然の精気。畑のエネルギーなのかもしれません。
 
 
 

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