Posts Tagged "ランディ"

それゆけ! ランディちゃん

山田スイッチの描いた『それゆけ! ランディちゃん』が田口ランディさんのオフィシャルHPに掲載されました☆ ふおお~!
 
ランディさんの面白さを、一つずつ漫画にしていきたいと思ってます。なぜかって、もう素のランディさんが面白すぎて、自分だけでお話聞いてるのがもったいなくなってきたからです。(笑)
 
ランディさんって、私にとっては頭がパッカーンと開いてる、初めて見るような人なんですね。
 
今年はランディさんの面白いところ、たくさん漫画にしていきたいです☆(^▽^)/
 
山田スイッチ

 

 

 

ランディさんの名言。

そもそも、この私をこんなふうにへたくそに演じているのは誰なの? これってなりたい私なの? (田口ランディ Twitterより)

 

という田口ランディさんの言葉。

ああ、演じていたのか……!

と思う。

 

そして、私は小学校5年生の時に、

新たな演目である「面白い自分」というのを演じ始めたことを

覚えている。

 

最初は、うまく演じられなかったけど、

次第に慣れて、うまくなっていく。

 

その時は、いじめられっ子でいる自分にほとほと疲れ、

飽きたのだ。

もう、いい加減に飽きたと、ほとほと疲れたというところまで

落ちないと、新しい自分って演じられない。

 

だって、そのいじめられっ子の自分を手放したくなかったのだから。

でも、手放すこともできるんだよね。

 

十年もやってれば、

新しい自分になっちゃう。

 

やってみようかと思ったら、動き時。

 

ランディさんと旅へ。

川内村から帰ってきました!

作家の田口ランディさんと旅に出ると、なんだか思いがけないことばかり起こって面白いんです。

もしも旅好きで長野で美術とか縄文が好きで、

ランディさんのお話聞きたいなあっていうお方。いらっしゃったら、

今週土曜日にチャンスがあります! 詳しくは原始感覚美術祭

http://primitivesenseart.naganoblog.jp/e1335632.html へ

 

1月18日 斉藤実さんと田口ランディさん、井上マーさんのトークショー

作家の田口ランディさんから、冒険家の斉藤実さんとお笑い芸人の

井上マーさんの3人によるトークショーのお誘いを頂きました!

この日は私も尾上町の清藤氏書院庭園で縄文夜話をすることになっているので行けないのですが、

18日に東京にいらっしゃる方はぜひ、遊びに行ってくださいね! 

 

以下、田口ランディさんのブログより

転載させて頂きます。

アドベンチャー・オヤジ・ナイト
「冒険家という人生–斎藤実」




1日16時間働け。そうすりゃ金を使う暇もねえ。使わなきゃすぐに貯まる。


500万貯めたら途上国行って好きなことやれ。会社なんか入ったってロクなことねえ。(斎藤実語録より)





今年、植村直己冒険賞を受賞したヨットマン斎藤実。77歳で単独無寄港世界一周に成功。孤独に世界を七周もした男。なんでそんな無駄なことをするんだ?


観光もせず、ひたすら危険な海を一人で渡る。いったいなにが面白いんだ? 冒険ってなんなんだ?


紫外線に焼けた彼の目は銀色で、どこかジャック・マイヨールに似ている。人生が顔に出るとしたら、どうしてあんたは、そんなにいい顔をしているんだ?


金もないのに笑ってるんだ? 


人生ってなんなんだ?  教えてくれないか……。





【出演】


斎藤実(冒険家) 


田口ランディ(作家) 


井上マー(芸人)





OPEN18:30 / START19:30


前売¥2,000/当日¥2,300(共に飲食代別)





※ご予約はネイキッドロフト店頭電話&ウェブ予約にて!!


電話→ 03-3205-1556(16:30~24:00)


ウェブ→ http://www.loft-prj.co.jp/naked/reservation/

 

「サンカーラ この世の断片をたぐり寄せて」 

2012年9月のある日に、田口ランディさんのTwitterでこんな言葉がつぶやかれていた。

 

「わたしはわたしじしんの神秘についてしらなすぎる。わたしじしんの隠された美や、無垢や、

誠実について知らなさすぎる。わたしに向う情熱が少なすぎる。わたしを知ろうとする熱烈さが少なすぎる。

わたしこそ人生をかけて解くべき謎であるのに……。その答えを他人にもとめすぎる。」

 

と……。

このつぶやきは一瞬で胸の奥に大きな謎として入ってきて、

私の心を占めた。

 

この言葉が、

当たり前のようにタイムラインから流れて去っていくのは

本当に不思議だった。

そこに本当の答えがあってそこに分け入っていくことを

わたしたちはしなきゃならないしそこにしか答えはないように

感じた。

 

「サンカーラ この世の断片をたぐり寄せて」は、

自分の上をたくさんの津波が通り過ぎていくのを感じながら、

ザアザアと流れる海の底にある静かな「わたし」がいる場所へ

帰りたいと願っている小さな女の子のお話だと思う。

 

田口ランディという一人の女性を何人かの写真家が撮ると、

撮る人によって全部違う人になる。

強いランディさん、面持ちの深いランディさん、面白いランディさんと……、

いろんなランディさんが写真に映っている。

 

だけど、何度か田口ランディさんにお会いして、一番この人の底に沈んでいる静かな砂を写しているのは、

にのみやさおり さんの撮った田口ランディさんだと思った。

 

そこには、小さな女の子が映っていて

女の子は森で遊んでいた。

賢者にも見えるのに、少しさみしそうな女の子。

森の水たまりの冷たさや匂い、ぬるりとした感触が伝わってきそうな写真。

 

ゴーゴーと流れる社会と情報の波にさらわれそうな

表面の方のわたし を取り残して、女の子は森で静かに遊んでいるのだ。

彼女と、底にいる彼女が一体になることを望んで、

私は「サンカーラ」を読み続けた。

 

「三月十一日以降、私は寂しさや哀しさという感情から疎外されるほど、動き回っていたように思う。

社会が求めるものは常に発言であり、行動だった。沈黙も、瞑想も、求められてはいなかった。

(中略) 私は避難場所を見失っていた。自分を慰める場所に戻れなくなっていた。

  そして、日本を離れてやっと、誰でもない自分になって、この古い城下町のホテルの一室にひきこもり、

内気な自分を取り戻していたのだ。もしかしたら、いまもたくさんの人達が、

被災地で、シンポジウムで、デモ行進で、社会が求めるままに行動し、

発言しているんだろう。そこでは沈黙は、忘れられているのだ。

だが、私はいま、沈黙に宿る力を感じている。

 それは、私の本質にかかわる名もなき力であり、湖底に沈んだ一枚の金貨のように、

ちらちらと光を発していた。」

 

田口ランディ 「サンカーラ この世の断片をたぐり寄せて」 新潮社 より

 

この本は、弱さを全部吐きだして、

「私はこんなに弱いんだよ。社会的に強いように見せている私だって

こんなに弱い。こんなにもだめ。だから、弱くてもだめでも大丈夫なんだよ。」と、

極限まで弱さをさらした本だと思う。

そうすることによって、私たちの、ピンと張り詰めて今にも切れそうな糸を

ゆるめようとしているように感じられるのだ。

 

好きなページがもう一つ。

170ページにある、水俣の緒方直人さんの語る言葉が

波のように静かに寄せてくる。

 

「自分の意志ではないってことですか?」

「どんなにがんばっても、機が熟さなければどうしようもない。それまでは何度でも試される……」

「試される、誰にですか?」

「なんだろうなあ。二十代の頃は苦しくて苦しくて、自殺したかったり、いっそのこと

チッソもろとも爆死なんていう、自爆テロのような衝動を必死で抑えていた。

そういう死にたい衝動がね、何十回どころか何百回と襲ってくるわけですよ。

そのとき、やっぱり俺は海に相談するというかね。自然界に感情をぶつけるわけですよ。

だって生身の人間にはそこまで言えませんからね。それに、もう人間とは言葉が通じなくなっているんですよ。

気が狂ってるんだから、しょうがありません。

だからね、言葉が通じないものに投げかけるんです。

草木や、空を飛んでいる鳥であったり、海であったり、魚であったりね。」

 

 

「沈黙の豊かさ」を模索するためにこの本は与えられている。

そこに、どう分け入っていったらいいのか。

ドタバタとたくさんのものごとに振り回されながら、ヒントは

あちらこちらに

散りばめられている。

 

サンカーラ: この世の断片をたぐり寄せて