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素敵な三十代になるために

友達のお誕生日おめメッセージに、 



「素敵な三十代が待ってますよ!」

書いたら、 



「素敵な三十代のなり方、教えてください!」

といただき、



そ、



そこまで考えていなかった……



と思ったドグ子ドグ~。( ゚Д゚)!!



で、考えに考えてたんだドグけど、



ようよう思い出せるのは二十代のことで、

三十代のことがあまり、、、思い出せないんだドグ。



つい最近のことなのに……。



で、二十代のことはよく思い出せるので、

ちょっと「これは、区切りだったかも!?」

という二十代の踏ん切りみたいなやつを

ちょっと載せるドグ☆



ドグ子26歳。表現以外での収入を得ることを絶つ。



この時、月収12万円。

週に1本コラム書くよりほか、仕事がなかった頃。

アルバイトに行くか行くまいか悩んだ結果、

「親のすねかじってでも、バイトするまい!!!!」

と何故か激しく心に誓った頃ドグ。



あと、大きいのが<op:large>メンター(師)との出会い。



ドグ子の師匠はランディさんなんだドグけど、

26歳の頃ってブログが登場して、

突然文章がタダになった時代なんだドグ!

それで、最初の頃ってタダで書くの!? ってけっこう

抵抗あったんだドグけど、

師匠から

「出し惜しみしたらクソつまんない作家になって、

何回も同じこと書くようになっちゃうわよ!」
と言われ、



ブログに、「全部出していこう!」



って気持ちになったんだドグ。

このころは、単発のエッセイ依頼とかがあったり

なかったりで不安定な収入状態。


たまに本を出したりするも、その都度なんか

でっかい支出があって通帳残高が5万以上入ってたことなかったドグ。



でも「表現以外では食ってはいけない」という

足枷を付けていたので、

表現できない時はずっっっっっっと、ボランティア活動をしていたんだドグ。

展覧会のタダで巡回するボランティアとか。

働いても働いてもお金にならないやつ。



でもそのおかげで奈良美智さんとか、

美術関係の人とか、

普通には知り合えない人と知り合えたドグ☆



今でもなんか、ずっとボランティアみたいな人生ドグ……。

で、この頃から本を出すとテレビに出れる



みたいな感じにはなってきたんだドグけど、

とくに素敵にはならない二十代だったんだドグ。

何でって、悩んでばかりいたから。



二十代のドグ子の口癖は、生きるのがつらい だドグよ!



かなり「生きるのつらい」が気に入ってて、

ずーーーーーーっと「生きるのつらい」って

言ってたドグよ!



でも、救いだったのが周りに変な人が多かったから、

ドグ子が「生きるのつらい」って言うと、

松山千春の

「生きる~のが~♪つらいとか~苦しいだとか~いう前に~♪」



っていう、「大空と大地の間に」って歌を必ず歌われたんだドグ!

「野に咲く~花ならば~♪力の限り~生きて~やれ~♪」



って、あの歌、けっこうおもしろいんだドグよ。

流石にコレをずっと歌われ続けると、

生きるのつらい言うのもバカバカしくなっちゃって。

なんか、だんだんどうでもよくなったんだドグ~。



で、最大の出会いは、

二十代で佐藤初女さんに出会ったこと。



自分のことで悩まなくなってきたドグ子は、

今度は他人のことで悩むんだドグ。

それで、初女さんに会った時に、

聞いたんだドグ。



「初女さんでも、悩まれるということはあるのでしょうか?」



そうしたら、静かに



「あります。こんな仕事をしているのですから、悩みます。

ですが、その悩みを超えたところでしか、本物にはなれないと

思っています」




と聞いて、なんか。心底ほっとしたんだドグ~。



悩みって、「自分の家が火事」と同じようなことだと

思うんだドグ。

自分の家が火事だと心底、狂いそうになるけど、

他人の家だと冷静でいられる。起こっていることは同じなのに。



究極は、頭の中で起こっていることは現実以外はすべて

妄想なんだドグ。

何も起こっちゃいない。

ただ現実が展開していくに任せればいいだけ。



現実って不思議な展開の仕方をするから。



そう思って暮らしていると、三十代なんて

あっという間すぎて、

もう四十代ドグ!




素敵な三十代……皆さんも何か、アドバイスくださいドグ~!

 

伸ばすところを間違えた☆

どうも、小中学校の合同芸術鑑賞に呼んで頂き、

頼まれてもいないのに全米ヒットチャート1位に輝いた

アヴリル・ラヴィーンの「GIRL FRIEND」で踊りまくって倒れた

ドグ子です☆



下が、ひらがなをやっと覚えたばかりの6歳から上が15歳(思春期)という、

今までで最も難しい年齢層を前にお話をしてきたのですが。



ドグ子は今まで、踊りで体育館全体を



湧かせられなかったことがないんです。



完全にアウェーの場所で中身が40手前の土偶が

アヴリル・ラヴィーン踊って200人の客席を湧かせられるだなんて。

後方の中学生がオールスタンディングで飛んでいるのを

視界のはじで捉えましたから、



酸欠で倒れてももう、本望だったドグ。



それで、タイトルの「伸ばすところを間違えた」ですが、

ドグ子はそっちを伸ばしていった方が

良かったのではないか? と、今更になって思ったんです。



今までの人生で、踊って会場を湧かせられなかったことなんて

なかったなあと。



動けば会場を湧かせられるなら、



動く方を磨いて来ればよかったのに……と



永遠の40手前になって気付いたりしたのでした。



が、

もしかすると、そっちの方を伸ばしていったとしても

この年令によるもので今頃、「もうあかん。別の道伸ばそう……」

思っていたのかもしれません。



ちなみに、下の写真は26歳の時のドグ子。

2002年の奈良美智 I DON'T MIND IF YOU FORGET ME展の

打ち上げの時に、ホテルのステージで踊ってたものです。



 



この時も「かわいい」と思って付けた防塵マスクが

思いの外酸素うまく吸えなくて、


踊り終わって酸欠で倒れたのを覚えています……。



だけど踊ってる間はこんなです。



今からでも、1分ぐらいはムリな踊りができるように

肺を鍛えよう
かと思っています。



がんばるドグ~☆

 

打診打診だよ、人生は。

おはようドグ~!



ドグ子です。

「打診」という言葉が好きなドグ子なんだけど、

この由来をちょっぴりお伝えできればなあと

思って今朝は書いてるドグ☆



人って、思っていることを口に出さないと

伝わらない生き物なのに、



自分の思っていることだけは、



思っているだけで伝わると



誤解する生き物だと思うんだドグ~!



だけど、「打診する」と決意した時、

言葉は、頭のなかから初めて体の外に出る
んだドグ。



「こんなことを思っていたのか!」



と、初めて伝えられるの。



神社に行ってドグ子が「80万円下さい!」って

お願いすると、それは神さまとドグ子には伝わるけど

他の人にはドグ子が80万円欲しいと思っていることが伝わらないので



ドグ子は「80万円下さい!ってお願いしたんです」って

他の人にもお話するの。




そうすると、初めて「ああ、ドグ子君は80万円稼ぐ気持ちがあるのね」



っていうことで、80万円分の仕事が舞い込んでくるの。



ようは、自分の内にあった言葉を



意を決して自分の外に出すことをドグ子は



打診と呼んでいるんです☆ドグ~!



奈良美智さんに本の表紙を描いてもらいたいけど、

思っているだけじゃいつまでも伝わらないじゃない?

岡田さんに会ってみたいけど、

思っているだけじゃいつまでも伝わらない。



だから、言葉にして体の外に出してあげると、

海に一滴の色の付いた水が落ちるように

ただ何もせずに思っていた状態とは少し

違う状態に行けるんだYONE☆

 

しあわせスイッチ





ドグ子はそうやって打診して、

奈良美智さんに表紙を描いてもらって、

庭に竪穴式住居作って、

ブラジルでサンマを焼いて売って歩いて本にして、

青森県に巨大ストーンサークルを造ったから。。



初めの一歩であって、

一番しんどい、

「言葉にして相手に伝えること」を、

とても大事にしているの。



それを、打診と呼んでいるんだドグ~。



でも、打診さえすれば、後はやって来るものをどんどんこなすより

他がないので。

巻き込まれるように働いていくんだけど

その一歩がないと、働くことができない。



好きな相手に、好きと言わないと

何も始まらないよね。

誰も「お察し申し上げます」なんて言って

先取りしてなんかくれないんだから。



打診するのは、とても面倒なことなんだけど、

ここぞという時には全力を出して

いける土偶でありたい

と、ドグ子は思うんだドグ~☆(^O^)p



ドグドグ~☆

 

スイッチの奇妙な冒険。

そんなこんなでテロ事件に巻き込まれるように




突然、全国紙でコラムのデビュー戦に出た私。




なんと、週刊連載でした☆





ドグ子、元が板前だったりお笑いだったりしたものだから、


とりあえずその、板前だった過去を書き始めたら


ぴあのアンケートで上位に入れるぐらいになったんです☆




それで、半年間の連載が、誰も気づかぬうちに一年を過ぎ、


とうとうぴあの連載も終わることに。





「ああ、食べていくアテがなくなる……」




と思っていたところに編集さんが、


「本を出しましょう!!」


と、思い切ったことを言ってくれたんですNE☆





その時、私は週に1日しか働いていなかったんだけど、




残りの6日ぐらいを地元の美術展の巡回ボランティアをしていて。


奈良美智さんと顔見知りになっていたの。




「地元が一緒だから、表紙描いてもらえ!」





という編集部の無茶ぶりに答え、


貧乏だったドグ子が百均で買ったいちごのレターセットで


表紙を描いて欲しい旨を伝えるとなんと、




奈良さんが本当に表紙を描いてくれることに!!

しあわせスイッチ





原稿を読んで、「なんでか知らんが勇気が出る」と言ってくれたのでした!!





しかし、表紙を売れっ子現代美術家の奈良美智さん、帯コメントを


松尾スズキさんに書いてもらった私の本は、みんなが期待するほどには、全然




売れなかったんですNE☆!!

私の本、訛ってるから青森県民しか読めないのかも。





そんなこんなで、地元での新聞連載に力を入れ始めた私は、徐々に


図書券500円→図書券3500円→現金5000円


という風に、




もっのすごー地道に原稿料を上げてもらってきました。そこに……


よその新聞社からイラスト代金込み✕万円という


生活の生命線とも言える連載依頼がやって来たのです☆





しかし、その連載が200回を過ぎた辺りに、




「この連載、長すぎね?」




と気付いた人が現れたのです。 





つづく!!

 

ゴールを設定しない生き方

だいたい、夜中にまじめなことをブログに書いちゃう時は酔っ払ってる証拠なんだよね。

(^_^;) 酔っ払って思考がうまくまとまらなくなって、まとめるために書くんだけど、

昨日考えていたのは、私ってしょっちゅう「これができたら死んでもいい!」っていうことを考えているなあってことでした。



……庭に竪穴式住居を建てるとか、田口ランディさんとイベントをやるとか、

奈良美智さんに本の表紙を描いてもらうとか、松尾スズキさんに帯文書いてもらうとか、

近年において最大だったのが、「ストーンサークルを建てられるなら死んでもいい!」



だったんだけど、その願いが叶った後も、人生が続いていて

ゴールがないんだなあって、

思ったんですね。



直径50メートルで石を7700個使ったストーンサークルが建ったら、

後は他にやることがないと思ったんだけど、それも私の友人である杉原信幸さんと山形淑華さん、

外ヶ浜町の協力のおかげで出てしまったし。

それが叶った後もまだ、その後もどんどんやりたいことが出てきて、

自分ってどんなに欲張りなんだ……と思うと共に、やっぱり叶うか叶わないかっていう時に、

ぬほど身もだえるんだよなあって、思ったんです。

今から7年くらい前に、森のイスキアで、田口ランディさんと佐藤初女さんに、

私の友達である舞踏家の雪雄子さんの踊りを見せたい……と思った時は、

あのときの取り越し苦労は最大のものだったんだけど、(まだ若かったし)。

心臓がつぶれそうなほど大変なことだったんだけど、本当に叶えたいって思った時には、

ちゃんと叶っちゃうんだよね。

願いごとは粛々と作業すれば可か不可かの天秤に載せることができるのですが、

身もだえるのに時間がかかるんです。

だけどそれは、ゴールを設定しているからなんだよね。
ゴールを設定せずに生きたら、身もだえる苦労から解放されるんだと思う。

ただ、毎日を感じながら生きることがゴールを抜けることなんだって思う。

「なんとなくで過ごすこと。」これは、案外と難しいのです。

ゴールの後にもずっと人生って続いているし、

もしかしたら死んだ後にも何かが続いているのだとしたら、死ですらそれは、ゴールではない。

ということを、昨日はまた金子みすゞの人生を思いながらブログに書いていたんだけど、

やっぱり酔っ払っているからなんか格好付けちゃってて全然ヘタになってたっす。

 

ダメだコリャ!